体験記・高村ぴの・アルバイト体験記/対人恐怖との葛藤(5)
アルバイト体験記・対人恐怖との葛藤(その5)
著者:高村ぴの(女性・栃木県)
対人恐怖、人間不信嫌い、いじめという過去のトラウマを背負い、それらに苦しまされ続けながらも4年間、同じ職場で勤めた。
最初のバイト先は、中卒で雇ってくれたようなものだ。学歴の問題、15歳という若過ぎる年齢、なにより自分自身と心の問題があった。初めてバイトを始めた頃の私には、リスクだらけで困難が常に付きまとっていた。
そのリスクは、通信制の高校を卒業し、高卒になったという点でやっと学歴に関しては、引け目を感じなくなった。
それでも普通の全日制の高校を出ていないと『この人には何か欠陥があるのでは』という目で見られたり、実際になぜ全日制の高校を退学し通信制の高校へ入学したのか、と聞かれることがあった。
通信制の高校出身というだけで、変な偏見があって、その困難だけは一生残ってしまった。
また自分は、普通の精神状態ではないという妄想も大きく膨らんだ。一時は、希望の店に面接に行くのもためらって『やはりこのまま引きこもらなければならないのか、心に障害のある人間は、やはり社会に適応出来ないのか……』と悲観的になっていた。
さらに母は、私が働きたい勤務先を言うと、口うるさく『そこは無理、あなたにできるの?あの店は、あなたに合わない』、とののし続けられた。それに苛立ち、新しいバイト先が見つかるまで毎日、母ともけんかが耐えなかった。
母は、私がどこにも溶け込めず、社交的で心にも特に問題ない人間ではないことを察してやかましくなった。私もそれはわかっていた。余りにも『あなたは普通の子ではないのだから』といった言い方をされると傷つき、勘にも触れ本当に自分に合った職場を慎重に選びなさいという母の忠告さえ耳に入らなかった。
1か月、職の状態が続いたのち、近所の書店にバイトで雇われることになった。その前にもニ、三か所ほど面接に行ったのだが、自分の休日や時間の希望が、相手の勤務条件に合わなかったり、実際に自分の目で見て自分には、合わないと感じた先は、自らキャンセルした。
また通信制の高校を卒業したというだけで変な目で見られた職場は即、不採用となり決まらなかった。面接に行ったどの職場もやはり職種は接客だった。
だが、近所の書店では、意外にも何も聞かれず、面接も履歴書を渡しただけで、あとは雇い主のほうで決めた勤務曜日と時間に出勤可能かという返事だけで、すぐにその場で採用がきまった。
だが、近所のためにバイトで入る際、とても抵抗があった。同級生や顔見知りがたくさん来る率が高い場所だった。
だが、現在も続けているそのバイト先は、週に3日の夕方6時から9時までの短時間の勤務で毎日、顔見知りも店に来る事もない。
それでも偶然、かつていじめを受けた同級生が店にきたときは、隠れ逃げたい気持ちにもなる。バイトを始め、私が大きく変わったことで知った『妥協』により接客をやっていれば、人なんていちいち気にしていられないという意識が働いて、ある程度我慢できる力も身に付いていたので耐え切れた。
また1か月ほど二足がけて働いたことがあったが、ここでは明らかにいびりがあり、肉体的にも精神的にも疲れが溜まりやめざるをえなくなってしまった。
その職場も接客だが、レジ部と商品管理部(品出しや発注)とわかれていた。商品管理部希望で面接を受けたのだが、採用が決まるとレジ部に回されてしまい、希望の職に就けなかった。
せっかく採用が決まったのだからと安易な気持ちで入って、ようやく取り戻しつつあった自信を再び失わせるような出来事を味わうことになった。
その職場は、某有名デパートのテナント店で、研修や接客教育、またそれらをマスターできたかを試す『考査』という試験があり、従業員の教育上何かと面倒なことはあった。バイトでも時給が高い、昇給ありなど待遇がよかったので、自分の希望した部に配属されなくてもそこで働くということだけに関しては、さほど抵抗はなかった。
しかし、同期で同じ部に配属された女性が、とても仕事の覚えが早く頭の切れる人であった。入社して一週間も経たないうちに精算までもらくらくこなし、もちろん同じ部にいる先輩ともすぐに溶け込んだ。同期で入ったのに私よりもずっとその女性の方が、仕事が出来て、私よりも長くそこで以前から勤めていたようにさえ感じた。
年齢も同じであったために、私にライバル意識は全くなくとも、相手はどこか私に対してライバル意識や敵対心を持っていたかのように思えるところがあった。
一方で私は、緊張からまともにレジ操作もままならず、お客様につり銭を渡し忘れてお客様に怒鳴られたり、手が震えてなかなか包装が出来ず、先輩の足を引っ張るなどして迷惑を掛け、ミス連発をしていた。
ある日、万引き防止のために防犯ブザーがついている商品があり、確かに私は自分でその商品を売った記憶はないが、レジ部にいる誰かがそのブザーを取り外すのを忘れてしまったらしい。お客様が、店の外に出たところ大きな音でブザーが感知し鳴ってしまったことがあった。
周囲は騒然となり従業員もお客様自身もパニックになった。お客様の立場にしてみれば、不快である。きちんと代金を払った商品なのに、その商品のブザーを誰かの不注意で取り外すのを忘れたがために万引きと勘違いされてしまったから頭にくる。
誰がその商品を売ったのかと調べられた。私は、自分で売った記憶がないので正直に売っていないと答えた。だが、ミス連発ばかりをしている私を、誰もがいかにも疑っているといった様子で先輩にキツイ口調で注意された。
「誰が売ったかわからないけどあまりミスばかりしているとここに居づらくなるから気をつけてね」
にらみをきかして言われた先輩のこの言動を一瞬、私は「注意」とも取ろうとした。
しかし、人を怯えるあまりに、人に対して敏感になってしまった私の心は、明らかに「いびり」としか察知できなかった。それは、次第に確かな証拠として目の前に表われた。
考査のテストの当日、私と同期で入社した女性は、先輩に囲まれて楽しそうにテストの勉強のために渡されたテキストを広げて先輩に教えてもらっていた。
その日、私は午後からの勤務だったので、先輩にも最後の追い込みでわからないところを聞こうとしていた。
だが私が出勤してくるなりテキストを閉じて仕事に戻り、なかにはテキスト貸して教えてくれた先輩もいたが、ほとんど私のことは、考査で不合格になればいいといった表情で、どことなく避けられていた。
考査に不合格になるとクビになるわけではないが、一から研修を受けなければならなくなり、面倒なので必死だった。
そのため同期の女性に先輩に教えてもらいながら書き込んでいたテキストを見せてほしいと頼むと、自分ではさんざん教えられ勉強していながら「私だって勉強する時間がないのだから、私のテキスト見ないでくれる!」と言われた。
その日のテストは、そのテナント店に同期で入った人の中では、私だけが不合格となってしまった。その翌日は、休日だったのだが、胃の鳩尾が、締め付けられて食事もろくに喉を通らなくなっていた。
それでも夕方のもう一方のバイトにも行かなければならないので、水でむりやり食事を胃に押し込んでいた。「もう限界なんだ……」自分の中でそれは、確信となっていった。
その前日、先輩に「接客本当に向いているの?」と言われた一言が、ずっと頭から離れなかった。このままだとまた壊れてしまう……。せっかく積み上げてきたものも水の泡になる。そう思った私は、その日デパートのテナント店のバイトを退職し、結局書店のバイト一本で働くことになってしまった。
本当に自分が、接客に向いているか、向いていないかは、わからない。
でも接客という仕事は、職場での人間関係よりもさらにもっと難しいお客様とのコミニュケーションもある。不器用ながらも努力すれば、それをいつも見てくれている人もいる。また、そのような自分でも必要としてくれるお客様もいる。それが私にとって唯一の接客の中での喜びであり、やりがいでもある。
また接客は、そうした一つ一つの努力や前向きに考えようとする姿勢が、やがて形となりはっきりと目の前に表われてくれる職業だと思う。それが、対人恐怖、人間不信嫌いの私が、接客をやめたいとか特別毛嫌いしない理由になっているのだと思う。
もしかしたら無意識に自分を変えたくて、この職種にずっと苦しみながらもしがみついてこれたのかもしれない。
だが対人恐怖や人間不信嫌いは、接客関係の職に就けば完治するするという単純なものではなかった。しかし、明らかに自分の中では何かは、変わった。私が「注意」職場での「教育」を「いびり」と見境がつかずにいたように、人に対して一歩、間違った考えをしたり働くことに無理をすれば失敗や自信喪失の引き金にもなりかねないこともある。それでも私は、今も接客をし働いている。
もう全てに対して塞ぎこむのは、外に出る事よりずっと苦しいからそうしているのかもしれない。苦しみから逃げてまた苦しみの中にいる。居場所はなくてもいつか必ず私に光が、さしてくれると信じている……。
(おわり)
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