Center:144-東洋医学と科学の関係を別視点からみる
東洋医学と科学の関係を別視点からみる
『東洋医学』(大塚恭男、岩波新書、1996年)
〔⇒2011年10月27日掲載〕
(1)丹波康頼『医心方』(平安中期の984年・全30巻)は、中国の隋唐時代の医書の引用であるが「新しい体系にまとめあげた能力は凡庸ではない。…その引用のしかたがまた日本的である。…抽象的な理論のほうは大幅に削って、具体的・実用的な部分だけを生(22ページ)かす…中村元先生の『東洋人の思惟方法』によると、日本では具体が好まれ、原始日本語にはほとんど抽象語がないという。一方、インドは抽象を好み、中国はその中間であるという。…『医心方』はまぎれもなく日本人的な著作といえる」(23ページ)。
(2)「東洋医学には科学になじまない要素があり。また、それゆえにこそ高度の西洋医学の世界のなかで命脈を保っていることができるともいえる。薬用量の問題にしても、生薬と方剤にしても、脈診と腹診にしても、科学の力でかんたんに解決のつくものではあるまい。また、それ以上にむずかしいのは証の問題である。性急な科学的な解明をおこなえば、似て非なるものをつかまえるという可能性が大きい。東洋医学そのものを壊さないように、(48ページ)根気よくその本質の解明にせまることが必要であろう」(49ページ)。
科学とは別の真理への接近方法かもしれないし、知りえた科学的方法を超える科学の道を切り開くことになるのかもしれない。それを示唆しているとも読める。
(3)証(症ともかくが紛らわしいので証にしている)
「漢方の証は、ある病的状態にさいして出現する複数の症状の統一概念であるという点では、西洋医学の症候群という考えに類似している。ただし、症候群のばあいは、それが診(76ページ)断すなわち病名決定に際して重要な役割を演じるが、ただちに治療法の指示につながるものではない。…漢方の証のばあいは、その決定にさいして、患者の個人的な事情も十分考慮されるようなしくみになっていて、それがただちに治療法の指示でもあるという点が大きな特色である。つまり、証診断というのは、西洋医学の病名診断、治療指示の二段階を一段階でおこなう操作であるといえる」(77ページ)。…たとえば葛根湯証、麻黄附子細辛湯(まおうぶしさいしんとう)の証と診断される。
(4)引用は佐々木隆興の1953年日本内科学会50周年記念講演から。「東洋医学においては望診・触診によって治療方針を決めますから、個々の芸術におけるごとく個人の勘の鋭さが大きな役割をなしております。現代医学においてこれらの精神的方向が科学的に秩序立て組織立てて教養することが困難なることと、また自然科学のかくかくたる成果に眩惑せられ、一時この方面を閑却したようでありました」(97ページ)。
「個々の芸術におけるごとく個人の勘の鋭さ」が、いわば平準的な治療行為に対置させられています。医学・医療場面における個体差を推し進める面から注目してしかるべきかも。
*更年期婦人の不定愁訴にある一文は「女性の謎は女性にも謎」のところに引用しましたので省略します。