新渡戸文化学園
新渡戸文化学園
■事例研究2 新渡戸文化学園
制約下だからこそ実現した「未来の学校」のあるべき姿
新渡戸文化学園は、生徒を学びの主体にする学校改革の一環として、中学校ではもともと2020年4月から1人1台のiPadを前提に教育を行うことになっていた。
そこに新型コロナウイルス感染拡大防止の休校が重なった。改革の旗振り役である山本教諭に聞いた。
現在巷では、どうやったらオンラインでも普段と遜色のない授業が行えるかというテクニック論に終始している感がある。
しかし芸人でもないしYouTuberでもない教員が、オンライン授業で生徒を常に引きつけるのは至難の業であることを認めるべきだと山本先生は指摘する。
また、約40人が教室に集まっていっしょに学ぶことを前提にした1日6時間の時間割をオンラインで再現しようとすることはナンセンスであるとも山本先生は指摘する。
「オンラインの授業は3時間でもヘトヘトになる。
それを1日6時間やるのは合理的ではないので、時間数の緩和などを文科省が指針を示すべき」。
「休校期間への対応としてまず全教員で考えたことは、これまでの教育がリセットされた何もない大きな部屋があったとして、
そこに何を入れるかという発想でこれからの教育を考えていくということでした。
休校明けに、結局もとの状態に戻しますか?
要するに、月曜日から金曜日の1時間目から6時間目までびっちり授業で埋められた時間割通りに学習を進め、行事やテストで敷き詰められた年間計画を立てますか? ということです。
また休校になって期末考査ができなかったから評価ができないというようではダメですよねということを前提にしました」
学校改革の一環として、もともと次のような変革を研修を通して、全教員で考えていた。
「教員主導の一斉授業から子どもが主体的にそれぞれのペースで学ぶ授業」「知識を教える授業から自分なりの学び方を発見する授業」
「教員がすべてを評価するスタイルから子どもがメタ認知して自己評価するスタイル」「全員が一斉に参加する行事設計から生徒が参画し、主体的に選択できる行事設計」。
極論を言えば、ミネルヴァ大学よろしく、学校の中にいても、教員は好きなところから授業を配信し、
生徒それぞれが自分の居心地の良い場所から好きな授業に参加する、「場所に縛られない教育」の実現を想定していた。
それが新型コロナウイルス禍で、現実的なニーズとなったのである。
通常であれば教員の意識改革に数年かかるところが、今回はすぐに前提をそろえることができた。
休校要請以来4月3日の1日のみ生徒を登校させ、iPadを配布、学校からの情報発信の場となる「コミュニティサイト」の使い方について説明した。
ちなみに、小中のコミュニティサイトにはGoogle Siteを、高校のコミュニティサイトにはClassiを使用。
小中高で、授業にはZoomを、課題配信・提出にはGoogle Classroomを利用する。
最初の1週間はオンラインで学校や友達とつながったという安心・安全を認識してもらうコミュニケーションに費やした。
慣れない環境に子どもたちが不安を抱くことは自然であるからだ。
すると、たとえば不登校気味だった生徒がオンラインで元気になったり、学校では控えめな生徒がチャットでは積極的に発言するなどの変化が見られたという。
2週目にはHR(10:00~)、1限(10:30~)、2限(11:30~)、3限(13:15~)の時間割を設定した。
各教科の授業内容は各教員に任せるが、板書してノートを取らせてテストするような授業では全てを「教える」ことは時間的に不可能であると伝えた。
基本的な設計として、「子どもたちの学力の今」と「なりたい自分」と「それに対して教員はどんなアプローチをできるのか」という3つの問いを子どもたちに常に投げかけ、
主体的に学ぶことを先生が支援するスタイルを全教科で行いたいとお願いした。
実際には、答えのない問いを投げかけてアウトプットのデザインをさせて提出させるという授業が多い。
たとえば英語の授業では、英語の楽曲の中から"Stay Home"に関連するフレーズを抜き出して、それにあったビジュアルを探してポスターをつくる課題を出した。
教員はその手順を10分くらいで説明して、あとは子どもたちがそれぞれに活動する様式だ。
水曜日の1~2限は「クロスカリキュラム」という授業を設定している。
見ず知らずの大人と対話するプログラムだ。
つい最近も、海外在住者も含めて50人以上の大人とのセッションを行った。
まるで「どこでもドア」で、普段なかなか会えない大人に会いに行くということが、授業の中で実現できた。
「魔法を見ているようだった」と山本先生。
「オンラインを活用することによる最大のダイナミズムはこれだ。
学校がこれをやらなきゃもったいない」と山本先生は力説する。
オンラインを活用することで、これからの時代の学校の役割は、学校の枠組みを超えた出会いのハブになることではないかということだ。
ただしそのような授業ばかりでは、いわゆる認知能力と呼ばれる基礎学力的な部分のインプットが弱くなってしまうので、
その点についてはQubenaやeboardといったAI学習システムでカバーする予定。
Zoomによる双方向授業とAI学習システムによる個別学習を組み合わせるわけだ。
「学びが遅れる」のではないかという保護者の不安に対しては、シラバスと評価の可視化が重要だととらえている。
具体的には、Qubenaやeboardでの学習進捗状況をもとに、「中1の学習事項の約50%はすでに1学期で終えています」などと「見える化」する。
ただし、AI学習システムを「各自自分のペースでやりなさい」と与えるだけでは子どもは動きにくい。
そこで、生徒が自ら課題に取り組むためのマインドセットには時間をかける。
具体的には、すべての教科において、各生徒に「学びのデザインマップ」を描かせる。
もともと新渡戸文化学園では「ハピネス・クリエイター(幸せを作る人)になろう」を教育目標にしている。
これが大目標である。そのために自律型学習者である必要性を訴える。
これが中目標といえる。そのために今すべきことを細分化し、小目標が定まる。
「学びは巨大なジグソーパズルである」と山本先生は言う。
端から順にピースを埋めていくこともあるし、できるところからピースをつないでいくこともあって、それらをあわせるといつか全体像が見えてくる。
Qubenaやeboardは端から順にピースを埋めていく作業。
それをやるかやらないかという選択によって人生が作られる。
それをやらなかった結果に対する責任は自分で取るしかないということを中学生にはくり返し伝える。
オンラインをフル活用した学習が始まって約1カ月が経つ。
生徒たちは自分たちの要望が明日の授業のあり方に反映されるというダイナミズムを理解しつつある。
「自分たちが発言すれば学校が変わる」という手応えを感じ、その状況を「楽しい」と言ってくれる声が多く聞かれるようになった。
オンラインでできることは最大限オンラインを活用した上で、学校が再開したら、やはりオフラインだからできることも復活させ、
ハイブリッドな教育をデザインしたいとも山本先生は言う。
子どもの心理面での安心・安全を担保するには、オンラインだけではどうしても不十分になるという認識だ。
その前提として、まず教員が思い込みを払拭する必要があると山本先生は訴える。特に学習指導要領と成績評価について。
「最低週4回授業しないと教科書が終わらないというような、大人都合の学習の進め方をやめなければいけない。
学習指導要領に書かれている項目はあくまでもCan do listでしかない。
どこからどう学ぶかは生徒たちが自分で決めればいいのではないか。
レッスン1から順番に学ぶ子がいてもいいし、自信がある子は難しいところにいきなり取り組み必要に応じて学習項目を戻る方法でもいい」
「たとえばA君が1学期の目標を自分で設定し、その目標に対して8割が達成できたのであれば、4とか5の評価を与えていいはず。
さらに、Bさんが仮にA君よりも低い目標を立てていても、それを8割達成できていたのであれば、やはり4とか5の評価を与えていいのではないか。
要するに自分で設定した目標に対する達成率を絶対評価とする。
これは文科省が推奨する形成的評価や自己評価を取り入れた多様な評価ということになるのではないか」
今回の混乱を機会に、学習指導要領や成績評価に対しての社会的認識が変われば、日本の教育全体が大きく前進する可能性がある。
山本崇雄さん(写真:本人提供)
インタビュイープロフィール:山本 崇雄(やまもと たかお) 新渡戸文化小中学高等学校(統括校長補佐・中学教育デザインチーフ・英語科)横浜創英中学校・高等学校(教育アドバイザー)の他、日本パブリックリレーションズ研究所主任研究員、Clearコミュニティーデザイナー、ゲイトCSR教育デザイナーなど複数の企業でも活動。
未来教育デザインConfeito共同代表。ADE(Apple Distinguished Educator)、LEGO(R) SERIOUS PLAY(R) メソッドと教材活用トレーニング終了認定ファシリテータ。
東京都立中高一貫教育校を経て2019年度より現職。「教えない授業」と呼ばれる自律型学習者を育てる授業を実践。
教育改革やCBL、生徒の自律などをテーマにした講演会、出前授業、執筆活動を精力的に行っている。
検定教科書『NEW CROWN ENGLISH SERIES』(三省堂)の編集委員を務めるほか、著書に『なぜ「教えない授業」が学力を伸ばすのか』(日経BP社)、『「教えない授業」の始め方』(アルク)、『学校に頼らなければ学力は伸びる』(産業能率大学出版部)ほか、監修書に『21マスで基礎が身につく英語ドリルタテ×ヨコ』シリーズ(アルク)がある。
「学校再構築」という究極のプロジェクト・ベースド・ラーニング
筆者個人としては、ミネルヴァ大学大学院の卒業生植山さんの「生徒たちに対して協力してほしいことを明確化すべき」という指摘と、新渡戸文化学園での「『自分たちが発言すれば学校が変わる』という手応えを感じ、その状況を『楽しい』と言ってくれる声が多く聞かれるようになった」という話が特に印象に残った。
新型コロナウイルスは、私たち人類を文字通り「正解のない世の中」に陥れたが、おそらく子どもたちはこの状況を乗り越える力をもっている。
大人たちの予想の斜め上を行く発想で、子どもたちは自分たちが生きていく世界を築き上げるはずだ。
人類は常にそうやって新しい時代を切り拓いてきたのだから。そうやってできた未来は、大人が恩着せがましく用意した未来よりも、彼らにとってはよほど生きやすい世界だろう。
旧来の学校には「学校とはこういうもの」という「常識」があった。
しかしそれが揺らいだ今、学校のあるべき姿について、ゼロベースで生徒たちと対話し、生徒たちの思いを実現するという視点に立つことが重要な鍵になるかもしれない。
つまり、「withコロナ」の時代におけるまったく新しい学校のあり方を模索するという「お題」に、教員と生徒そして保護者もいっしょになって取り組むのだ。
それこそ究極の「プロジェクト・ベースド・ラーニング」ではないだろうか。
おおたとしまさ 育児・教育ジャーナリスト
1973年東京生まれ。麻布中学・高校卒業。東京外国語大学英米語学科中退。上智大学英語学科卒業。
リクルートから独立後、数々の育児・教育誌のデスクや監修を歴任。
男性の育児、夫婦関係、学校や塾の現状などに関し、各種メディアへの寄稿、コメント掲載、出演多数。
中高教員免許をもつほか、小学校での教員経験、心理カウンセラーとしての活動経験あり。
著書は『ルポ塾歴社会』『名門校とは何か?』『ルポ教育虐待』『受験と進学の新常識』『中学受験「必笑法」』『ルポ父親たちの葛藤』『<喧嘩とセックス>夫婦のお作法』など60冊以上。
おおたとしまさオフィシャルサイト
〔2020年6/23(火)おおたとしまさ 育児・教育ジャーナリスト〕