広島県教育委員会
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所在地 | 広島県 |
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教育長の強い意志により「学びそのもの」の変革を目指す広島県――コロナ禍の中で急速に進められたオンライン教育への取り組み
広島県教育長 平川理恵氏
新型コロナの影響による学校の休校は長期化し、地域によっては丸3カ月継続してしまった。
再開後も当面分散登校などの対策が各学校で続く。
この事態にあって学習のオンライン化が求められるものの実現できている自治体はまだ少ないのが現状だ。
そんな中、広島県では4月から県内すべての県立高校でクラウドサービス(Googleの「G Suite」等)の活用を始めた。
慣習に縛られず地方教育行政に新しい風を吹き込む広島県教育長の平川理恵氏が、今回のコロナ対応の経緯と今後のビジョンを語った。
5月20日に開かれた超教育協会主催のセミナー「広島県教育長に聞く~広島県のオンライン教育の取組」を元にレポートする。
広島県はスピード改革のまっただ中だった
2018年4月に広島教育長に就任した平川氏は、これまでの2年間ですでに県内の教育の姿を変えようと動いてきた経緯がある。
「チョーク&トーク」と呼ばれる講義型の授業スタイルや知識、暗記重視の学びから脱却すべく、「個別最適化」をキーワードにさまざまな施策を行ってきた。
パソコン等のICT機器を授業でほとんど使わないことに対しても、学校現場の様子と世界的なデータの両面から危機感を持ち、2019年には、県立高校で1人1台のパソコン環境をBYOD(Bring Your Own Device:個人所有の機器を持ち込んで使用すること)で実現する方針を固めた。
広島県のICT環境は、教育用コンピューターの整備状況が全国42位(平成30年度文部科学省調査)という「下から数えた方が早い」状況だったが、この2020年4月から県立高校81校中35校で新1年生からの活用をスタートする準備を整えてきた。
教育用クラウドサービスの活用については、昨夏から教員研修も行っている。
生徒1人1台のパソコン等導入に係る経済的支援
BYODとは言え、公立の学校として、機器を用意できない家庭へのサポートは当然必要となる。
そこで、パソコン本体と月々の通信費に相当する額を給付する「学びの変革環境充実奨学金」を創設し、実際の給付月までのタイムラグを埋めるために、「入学準備金」の貸し付け制度も整えた。
元来、こうした新しいチャレンジにはとても時間がかかる。そこを、平川教育長は強い意志で猛スピードで改革してきたわけだ。
しかし、そのまっただ中で、今年3月の頭から一斉休校に直面することになる。
休校を受け、急ピッチでまずは全員へG Suiteアカウントを
コロナ危機の基本的構造:アカウント、デバイス、通信手段を「三種の神器」と呼んで示した
新型コロナへの対応が長期化することを想定し、子どもたちの学びの機会確保と心身の問題をケアするには、オンライン上の仮想教室が必要だと判断した平川氏。
その実現に必要なのは「アカウント」「デバイス」「通信手段」の3つで、まさに1人1台環境を整備してきたポイントと一致する。
これを県全体で整えることを決めて動き出した。
まずは「アカウント」の準備を優先し、新学期には県立高校の全生徒にG Suiteのアカウントを配付した。
アカウントさえあれば、個人所有のデバイスでアクセスしてもらうことで、とりあえず学校と生徒のコミュニケーションの手段を確保できる。
広島県では4月にいったん学校を再開できたので、始業式直後から、とにかくG Suiteにログインするよう呼びかけたという。
再びいつ休校になっても大丈夫なように備えたのだ。
間もなく4月16日にはすべての県立学校が再び休校となった。
もちろん学校によってクラウドサービスの活用度合いはさまざまだが、それ以降、毎日の健康観察をはじめ、朝学活への活用や、授業動画の公開、1日5時間の授業を行った学校もあった。できることから、できる学校が着手している。
「デバイス」と「通信手段」は、4月の始業式でアンケートをとった結果、それぞれ12%程度の生徒が持っていないことがわかり、これに対しては、8.8億円の補正予算を組んで対応するところまで来ている。
市場に出回る製品が足りず、必要数を調達するのが大変な状況だったが、準備できたものから順次貸し出している状況だ。
また、小中学校の設置者は県ではなく市町だが、4月の休校以降、県内23市町に連絡を取り、クラウドサービスの活用を呼びかけてきた。
すべての教育長にコンタクトを取って連携し、今後県内すべての市町でも児童生徒のクラウドサービスの活用が進む予定だ。
「学びそのもの」の変革と共に
平川氏は、「学び方そのもの」の改革を重視している。
そのため、デバイスなどの環境さえそろえればいいと考えているわけではない。
従来の学校のイメージ(「ICT toolbox」の記事より)
従来の学校は40人が物理的に教室に来て学びが成立していたが、「この中で本当に満足した学びが成立していたかというと、決してそうではなかった」と平川氏は指摘する。
例えば不登校の子どもの増加といった課題がある。
コロナ危機下における学びのイメージ(「ICT toolbox」の記事より)
現在コロナ対応でICTの活用を進めたことは、単に休校中の代替手段というだけではなく、個別最適な学び方や、PBL(プロジェクト型学習)の導入など、学び方そのものの改革ともつながる。
アフターコロナの学びのイメージ 3~4年後
今後3~4年後のビジョンとして、生徒中心の学びの形を作ること、先生にもファシリテーターとしての役割が期待されることを示した。
変革を生む力とは?
セミナー参加者からは、「自分の地域では一向にオンライン化が進まない」といった声と共に、「何が実行の妨げになるのか」「保護者や市民としてはどうアプローチすると効果的なのか」などの質問が上がった。
5月11日に行われた「学校の情報環境整備に関する説明会」のYouTube配信より。
新型コロナ対応のICTの積極的活用について「使えるものは何でも使って」「できるところから」「既存のルールにとらわれず臨機応変に」と強いメッセージを伝えた。
平川氏は、進まない大きな要因として、お金の問題を挙げる。
教育委員会が努力して、都道府県、市区町村の首長の理解や、議会からの理解をどのように得るかが重要だという。
そして現在は、昨年末に発表されたGIGAスクール構想による国からの費用補助もあり、今回のコロナ対応について文部科学省も力強いメッセージを出しているため、強い追い風であることを示した。
本セミナーにゲスト参加していた文部科学省 初等中等教育局 情報教育・外国語教育課長高谷浩樹氏は、保護者などによるアプローチ方法について「自治体が予算をつける必要があるので、知り合いの議員さんにPTAなどが声を合わせて議会で取り上げてもらえるように話をするなどの動きも期待しています」と付け加える。
学校のネット接続環境のルールが非常に厳しいという現場からの声も上がったが、広島県も、もともと整備されていた回線や設定の問題でYouTubeへの動画のアップロードができない状況に直面していた。
直ちに対処するため、各校にモバイルルーターを配付した上で、校務用ではないパソコンで動画のアップロードをすることを推奨して乗り越えたという。
こうした現場の困りごとに直接答え、前例や既存のルールを変革していくのも、平川氏の唱える「現場主義」なのだろう。
校長経験もある平川氏は、「上から指示が降りるのを待つよりも、多少勇み足でもどんどん現場でやるしかない」と個人としての本音も語った。
「校長の時もそうやってよく怒られましたが仕方ないです。やっていくしかないです」という言葉には実感がこもる。
セミナー冒頭で平川氏は、今は緊急時であり、「できない理由」を並び立てるのではなく「できるとしたら」と質問を変えていく必要性を訴えた。
さらに、自身も教育長であることを踏まえ「長」と名がつく役割の人は多少のリスクを取るよう呼びかける。
平川氏の改革の経緯を知ると、その言葉の説得力が増す。
文部科学省 初等中等教育局 情報教育・外国語教育課長 高谷浩樹氏(左)、NPO法人CANVAS理事長 石戸奈々子氏(右)
本セミナーの進行を務めたNPO法人CANVAS理事長 石戸奈々子氏は「広島県に住んでいる人はいいな、と思うだけではなく、この動きを全国にどのように広げていけばいいかということを共有できたら」とこのセミナーの意義を説明する。
この言葉の通り、広島県の事例をひとつのヒーロー的なストーリーとして受け止めるのではなく、まだオンライン化が進んでいない地域で、何かほんの一部でも参考にして進む力にしてほしいと願う。
6月1日から県内で多くの学校が再開したのに先立ち、平川氏は教職員向けにYouTubeでメッセージを伝えた。
休校中にG Suiteで生徒達にコミュニケーションをとり続けてくれた先生に感謝を示すと共に、学校再開後も、「ICTと生徒同士の学びあいの体験であるリアルな授業をうまく織り交ぜたハイブリッドな教育課程」を目指すことを呼びかけている。
もともと進めていた広島の教育改革がぶれることなく、新型コロナ対応を経てむしろ推進力を持って進むことを期待したい。
〔2020年6/22(月) EdTechZine〕