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不登校の歴史20年

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不登校の歴史20年

学校へ行けない人はなぜ増えた? 不登校の歴史20年間をふり返る
「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」より筆者作成
今年2月に発表された文科省調査によると、全児童生徒数に占める不登校の児童生徒数の割合は、この20年間で1.5倍に増加し過去最多を更新しました。
子どもの数が減少するなかで不登校が増え続けているのです。
私が編集長を務める『不登校新聞』は、この5月に20周年を迎えました。
そこで今日は、この20年間で、不登校を取り巻く状況がどう変わったのかを私なりにまとめてみました。
不登校の理由やきっかけは?
不登校の20年間の歴史を考えるうえで、まずは、子どもたちがなぜ学校へ行かなくなるのか、その「きっかけ」から考えたいと思います。
不登校経験者を対象にした「不登校に関する実態調査」(2014年/文科省)によれば、不登校のきっかけとしてもっとも多かったのは、いじめなどを含む「友人との関係」(53%/複数回答)でした。
じつに2人に1人が「友人との関係」を挙げています。
文科省は2001年にも同様の調査を行なっており、前回調査でも「友人との関係」(44%)がもっとも多くのきっかけとして挙げられました。
では、いまの子どもたちにとって「友人との関係」とは、どんなものなのか。
この20年間で、大きな発見だったのは「クラスカースト」といういじめが生まれやすい構造が判明したことだと思っています。
いじめが生まれやすい構造(クラスカースト)の確立
クラスカーストの研究者・鈴木翔さんによれば、クラスカーストとは、同級生どうしで、地位、身分差、力の差をみんながなんとなく共有している状態のことです。
誰が指名したわけでもなく「上位グループ」「中位グループ」「下位グループ」がクラス内で形成され、みんながそのグループごとに与えられたキャラ、役割を生きてく。
たとえば、野球部やギャルグループといった「上位グループ」が教室内で幅を利かせ、一方でおとなしい子たちの「下位グループ」は公然とバカにされたりする雰囲気がある、というのが代表的な例です。
クラスカーストが確立した教室内では、従来から捉えられていたいじめのかたちが変化しています。
従来は「いじめっ子/いじめられっ子」「不良グループとそのターゲット」という特定の人間関係でいじめが起きていました。
90年代以降は「クラス全員がひとりをいじめる」といういじめがクローズアップされましたが、そのかたちも少なくなりつつあります。
クラスカーストが確立した教室内では、ほとんどの生徒がいじめの対象になったことがあり、その生徒自身も誰かへのいじめに加担したことがある、という状況です。
それを裏付けるような調査結果が「国立教育政策研究所」から出されています(「いじめ追跡調査2013-2015」/2016年6月)。
調査結果によると、小学校4年生~中学校3年生までの6年間で、仲間外れ・無視・陰口などの「いじめを受けた生徒」は89%。逆に「いじめをした生徒」は79%いました
。 不登校のきっかけとして「友人との関係」が多く挙げられましたが、その背景には、クラスカーストという構造があり、ほとんどの人がいじめに関わっている現状がうかがえます。
そう考えると気になるのが「わが校はいじめがゼロ件でした」と報告している学校についてです。
「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」より筆者作成
文科省調査によると、全児童生徒がひとりもいじめを受けなかった、
つまり「いじめゼロ」と報告した学校は平成17年度に82%に達しています。
以降、定義変更もあり減少傾向にあるものの平成28年度でも27%。国立教育政策研究所の調査結果などを考えれば「学校単位でいじめゼロ」だと報告するのは疑問を抱かざるをえません。
極端な例かもしれませんが、岩手県矢巾町では中学2年生の男子生徒が担任に再三いじめを訴えながらも対応されず、自殺に至るという事件が起きています(2016年)。
この中学校は「いじめはゼロ」だと報告していました。
いじめゼロではなく発見できない?
「いじめゼロ」の学校は「いじめを発見できない学校」または「いじめを報告できない学校」なのかもしれません。
文科省も「いじめはゼロ」と報告する学校については懸念を示しています。
不登校を取り巻く20年間の歴史としてまず言えることは、不登校の理由としてもっとも多い「友人との関係」や「いじめ」についてさえ、学校は解決の糸口はおろか、実態すらつかみ切れていない状況が続いているということです。
細かく厳しい「管理校則」が新しい問題に
「不登校に関する実態調査」において、不登校のきっかけとして「学校のきまりなどの問題」を挙げた人は10.8%いました(複数回答)。
1割程度と数は少ないのですが、この数年の取材では「校内のきまりがつらかった」という不登校経験者の声を多く聞くようになってきました。たとえば下記のような声です。
「給食中は私語禁止でピリピリしていてイヤだった」(広島・小学生)、「給食を食べ残した場合、そのグラム数を校内放送されるのがつらかった」(千葉・小学生)、「いつも怒鳴り声が絶えない教室だった」(東京・小学生)、「校則違反者は行いを正すよう全校生徒の前で誓わされた」(神戸・中学生)。
小学校教員を40年以上続けている岡崎勝さんは「子どもに求めるハードルが年々高くなっている」と話しています。
それを裏付けるような調査が今年、発表されました。
『「ブラック校則」をなくそう!プロジェクト調査』より作者作成
上記調査は中学生時代の校則体験を15歳~50代の男女1000人に聞いた調査です。
他の年代と比べて学校経験の近い10代のほうが、髪型や下着を含む服装に関する規定、時間厳守などの校則体験があった割合が高くなっている傾向がわかりました。
調査を行った『「ブラック校則」をなくそう!プロジェクト』は、今回の調査をきっかけに、学校や保護者などの調査も進め、多角的に問題を検証する必要があるという。
その上で調査結果は「現在の10代は『下着の色、スカートの長さ、眉毛を剃ってはいけない、チャイム前の着席』など、80年代とは異なった校則が増えている項目もある。
さらに過剰な指導(理不尽指導)の傾向も浮き彫りになっており、注目する必要がある。」と指摘しています。
校則や校内の決まりが細かく管理的になってきたことは、まだ注目されていません。
しかし、子どもたちを取り巻く状況として確実に変わってきた点であり、不登校の背景として見逃すことのできない要因の一つだと考えています。
発達障害など「特性」への眼差し
不登校を取り巻く状況として「発達障害」や「HSC」についても触れておきたいと思います。
発達障害は「発達障害者支援法」の成立(2004年)以来、概念として定着してきました。
それまでは「ガマンが足りない子」「ワガママな子」だと誤解され、不登校へと追い詰められる子もいました。
一方、まだ知られていない「気質」として「Highly Sensitive Child=ひといちばい敏感な子(HSC)」がいることも、最近、不登校の当事者や親たちのあいだで話題となっています。
児童精神科医・明橋大二さんによれば、HSCは「誰かがつらい思いをしていることに気づく」「痛みに敏感」「うるさい場所を嫌がる」などの特徴があり、教室の騒音や先生の怒鳴り声からダメージを受ける場合があります。
HSCも発達障害と同様「本人の問題」だとされてきましたが、じつは本人がどうすることもできない「気質」です。
発達障害やHSCが「子どもを選り分けるラベリングになる」という指摘もありますが、一方で、特性のある子どもが周囲から理解されずに苦しんできた歴史もあります。
そのことが少しずつ理解され、「本人にとって適切な環境が必要」だという指摘は、この20年間で広がってきました。
行政の変化にも
不登校に対する意識変化は行政関係者にも表れています。
2001年2月2日、町村文科大臣(当時)は「はき違えた自由が不登校を生む」と発言し話題になりました(後日、見解を文科省HPに記載している)。
一方、2016年3月31日に公示された「新学習指導要領」では、不登校対応について、以下のように指摘しています。
不登校生徒が悪いという根強い偏見を払拭し(中略)共感的理解と受容の姿勢をもつことが、児童生徒の自己肯定感を高めるためにも重要
出典:中学校学習指導要領解説「総則」より
ふたつの発言を比べると、文科省のなかでも「意識変化」があったことがうかがえます。
また行政と民間の協働もこの数年で進んでおり、フリースクールなど不登校の子どもたちの「受け皿」が広がってきたことも、20年間での変化だと言えます。
20年間、変わらない「孤立感」
こうしてふり返ってみると多くの「発見」や「変化」があった20年間でした。
しかし、変わらないことがあります。それは「不登校になったときの孤立感・無力感」です。
昨年、14歳の男性が「不登校をしたとき、この世界で学校に行けないのはオレだけだと思った」と語ってくれました。
私が22年前に不登校をしたときも同様のことを感じました。
「オレだけだ」と孤立感を感じるのは無知だからではありません。「学校からの非常口」が今も20年前も見えづらいからです。
私も不登校をしたときには不登校の同級生がいました。
しかし、「学校以外に生きる選択肢はない」と思っていたからこそ、不登校が「異常事態」だと思っていたからこそ、孤立感を痛切に感じたのです。 私は不登校になること自体が「悪」だとは思っていませんが、不登校になって苦しむことは解決されるべきだと思っています。
つまり、解決されるべきは「不登校をした本人」ではなく「不登校で孤立感を感じざるを得ない社会」です。
そのためには「学校からの非常口」が整備されるべきです。
「非常口をいかに魅力的に見せられるかが大人の責務」だとロバート キャンベルさんは語っています(『不登校新聞』2017.10.1)。 私がつねに伝えたいと思っているのは「不登校をした人の生きてきた姿」です。
不登校を経て良いときも悪いときもあったけど「いま生きています」ということを伝えたいと思っています。
それは「学校の非常口から出てどうなったのか」を伝えることであり、私が20年前に知りたかった情報でした。 いま私は「魅力的な非常口」の必要性が社会全体の共通理解として得られることこそ、学校へ行く・行かないに関係なく、すべての子どもの笑顔につながる一歩だと、この20年を通じて感じています。
〔平成30(2018)5/23(水)石井志昂 『不登校新聞』編集長、不登校経験者〕

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