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ひきこもりに囲まれた20余年の集大成版

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ひきこもりに囲まれた二十年余の集大成版

『ひきこもり国語辞典』 著書を語る―
『書標』2021年11月号(丸善ジュンク堂書店) 

不登校情報センターの看板を掲げて26年が過ぎました。
その名前でフリーの編集者になるつもりでしたが、しばらくしたら周りに20歳前後の不登校の経験者が集まりだしたのです。
設立した1995年以降のその時期は、不登校の経験者たちが集まる場を求め、それに応える場が少ない時代だったからです。
数年後にある大検予備校から4つの教室のある施設を無償で提供されました。
2001年6月に引っ越して以来、元旦も含めてほぼ毎日、誰かがやってくる状態になり、これは2018年5月まで続きました。
そのあと3回の引っ越しで場所は狭くなりましたが、当事者が通所する状態は続きました。
20歳前後だった人はほとんどが入れ替わりましたが、おもしろいことに通所する人の平均年齢はその分高くなって40歳ぐらいになりました。
通所者の合計は数百人です。これに電話相談だけの人、手紙やメールだけの人も加えても千人にはなっていないでしょう。
私はひきこもりの支援者ではなく、フリーの編集者になるつもりでした。
しかし長く関わるうちに私は支援者と思われてしまうし、特に相談に来た親はそう考えていました。
私はそれを肯定も否定もしていません。
どう思われたとしてもやることに変わりはないのです。
ひきこもり経験者に居場所を提供してきたのです。
集まってくる彼ら彼女らには自分の意思を表わすように、自分を表現することを期待しました。
編集者らしい受け取る型の期待だと思います。
彼ら彼女らが示す自己表現の多くは、自分の体験でした。
家族のこと、知人などとの人間関係、仕事に就いた経験が多いです。
今回の『ひきこもり国語辞典』のきっかけはその意思表示です。
教室に一枚の紙が張り出されていました。
「難しいことの本質は、恥ずかしいことであるのは珍しくはありません。難しいと恥ずかしいは音が似ているだけではなく、意味も重なる類似語です」とあります。
私にはひきこもり経験者の感覚の鋭さによる事態の奥深い察知を表現していると思いました。
しばらくしたらノートを切り取った一枚の紙に「イブニングフォール症候群」ということばが説明とともに張り出されました。
「イブニングフォールとは夕暮れのこと。ひきこもりだから家にいて当たり前かもしれないけれども逆もあります。
あの家から出てきて、なんとなく楽しい時間を過ごした日なんかは特にそうです。
夕闇がせまりそろそろ家に帰る時間になると落ち込む気分におそわれます。またあの家に戻らなくてはならないのかと思うと気が滅入るのです」
これを見て彼ら彼女らの、生活実感のあることばを集め始めました。およそ十年後の2013年4月に276語を集めた手製の『ひきこもり国語辞典』になりました。
コピー機を使って作成したものです。
多くのひきこもりの当事者がおもしろがり、それに習って自分の経験に見出しことばを付けて寄せてくれました。
あるカウンセラーさんは学習会を開いたときテキストにしました。
大学福祉系学部の授業の参考書に使われた話も聞きました。
集会などで会う人に熱心に売り歩く人も現われて、累計で900部ほど売れました。
2021年4月それが時事通信出版局から『ひきこもり国語辞典』として出版されました。
手製本から8年後です。掲載は538語、4名が4コマ漫画30点をよせてくれました。
私は経験の中で感じたことをエッセイ10本にまとめました。
20年余りのひきこもり経験者に囲まれた生活から生まれた集大成版です。
しかし、今は満足するよりもまだ先があるという思いです。
彼ら彼女らに関わり、ひきこもり対応に埋めなくてはならない不足部分が見えるからです。
一つはひきこもり支援が就労に偏っている点で、以前から疑問視されています。
ひきこもりを構成する多数の人には就労の形は当てはまらないという批判は何を指しているか、この本に掲載した多くのことばはそれを示しています。
もう一つは、ひきこもりの支援理論が心理学や精神医学に偏っているという点です。
福祉の視点とか家族問題も含みますが、心理学的な視点に傾いています。
経済社会、産業や雇用などの社会動向の関係で事態を説明していないです。
『ひきこもり国語辞典』に採用したことばやそれを説明するエピソードを見ると、決して心理学や精神医学に偏ってはいません。
子ども時代の虐待やハラスメントらしきこと、家族・家庭のおかしさ、いじめや学校や教師に関わる苦痛や不条理、就職活動やアルバイト経験などいろんな分野に関係しています。
産業社会の変化、雇用や働き方に関わるエピソードを伴うことばが表現され、提示されているのです。
これらを生かし、ひきこもりにまつわる事情を全体的に見ようと考えています。
社会の変動との関係、身体科学からの解明などを含むものです。
毎月発行する会報に、この連載企画を始め、今までに4回分を終えました。
準備の下書きもある程度は進んでいて、少なくとも10回以上にはなりそうです。

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