Center:2005年7月ーフリースペースの運営試論ー中間点報告
フリースペースの運営試論――中間点報告
〔2005年7月15日〕
6月12日は、不登校情報センターをNPO法人にする設立総会でした。その後で引きつづき、主に当事者同士の交流を開き、フリースペースの運営に関して話し合いました。
いろんな面を話し合いましたが、ある種の結論を得ました。それは、「フリースペースに参加している当事者は、ほかの参加している当事者に対して、何らかの関わりをもつことを義務的に負わされない」というものです。言い換えれば「状態の重い当事者が参加したとき、その人に対して何らかの形で手を差し伸べることを義務的に求められない」ということです。
一見、フリースペースに参加するときに求められる役割とは異なる、ニュートラルで冷静な立場を表明するものになっています。これを不登校情報センターのこれまでの経過のなかで考え、その積極的な意味を明瞭にしてみたいと思います。
【1】多様な「対人関係が苦手な人」の集まる場
不登校・引きこもりなど対人関係に不安をもつ人に対応する機関である不登校情報センターは、さまざまなタイプの当事者をフリースペース(居場所)に迎えてきました。
中心になるのは温やかでおとなしくて真面目な、神経質的気質の人たちといっていいでしょう。相手に気を遣い、気を遣いすぎて自分の本音の感情を見失いそうになる、そこでエネルギーを消耗し疲れてしまいやすい人たちといったらいいでしょうか。別の面からみると繊細な感性の持ち主、感覚が鋭く人の心の動きを察知していく人たちです。
この人たちもまた、長い年月のなかで心の状態が変化していきます。あるときは身を守るために心を 強く内側に閉ざしたり、逆に攻撃性が前面に出たり、相手のわずかな反応のズレに受身的であるが故に強く攻撃的に出たりすることもあります。あるときは見放 なされや喪失体験を避けるために依存的言動や、感情が強く出たり、相手に受け入れを求めたりすることもあります。
本人のこれらの不安定的な状態が強まったとき、フリースペースに入ってもフリースペースにおける人間関係もできません。そういう不安定状態が長くつづく人もいます。その状態が基本的な対人関係づくりを困難にしているのです。
そういう自分の状態をわかっている、いわば自覚しているために萎縮したり、自己不安感をそのつど確認したり、存在感が失われる人もいます。逆に無頓着に人と関わろうとし、無自覚に相手の心を傷つけたり、自尊心や心のよりどころにしているものを貶(おとし)めてしまう人もいるようです。
これらはいずれのタイプであっても「対人関係がうまくいかない」結果になる点で共通しています。ただし、人と人との関係の相性が働き、そのように作用しない人もいます。
このようなさまざまな人がいるところがフリースペースです。何らかの似通った体験があり、「同じ体験者として理解を得やすい」といわれながらも、フリースペースは必ずしも楽なところではありません。これらをこの数年間の出来事と対応のしかたのなかで振り返ってみましょう。