Center:2000年7月ー「ひきこもり」最良の教師は体験者
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「引きこもり」最良の教師は体験者
『論座』2000年7月号に掲載。
引きこもりが社会問題として注目されている。私は、自分の体験を踏まえ、専門的な力量がなくても相当対応できる方法があると思うので、ここで紹介したい。
私は、不登校情報センターというNGOで、不登校の相談を受けている。ところが最近は引きこもりの相談が増え、しかも二十代後半の人の相談が目立って多くなっている。
昨年秋、私は、体験者のアドバイスを受けて、①引きこもりの経験がある、②しかし、働きたいと思っている、③友人を求めている、といった共通点のある二十代後半の人に参加を呼びかけて「人生模索の会」というグループをつくった。
何をするのか明確ではなく、とにかく集まって話をしてみよう、というスタートだった。昨年10月の初会合には、8人が参加した。「このままでは社会生活が送れなくなってしまうのではないか」という不安感が参加者に共通して強いことがわかった。
今年2月の第2回の会合は、10人が参加した。最初は仕事や就職の失敗談が多かった。途中で、似た問題を持つ2、3人の小グループで話し合う形にした。すると、急に様相は一変し、時間を忘れてお互いに自分の体験を熱心に語り、聴き合う場になったのだった。
この2回目の会合の体験で私は、「人生模索の会」にできることが明らかになったように思った。自分の今の状態を弁解するのではなく、相手に受け入れてもらえることがわかれば、話をしようとする気持ちは高まるものなのだ。話すことができれば、心が軽くなる。自分は話せた。相手の話も聴けた。お互いに苦しみが理解できる……話がとまらない!
体験を語る喜びを
人と心が 通じ合うコミュニケーションの成立とその体験は、引きこもり傾向の人にとっては快感だと思う。人と話をしたい気持ちはあるのに、普段は不安が先に立ってし まう。自分のことを話したら、まず「それでは社会生活はできない」などと、周りから決めつけられてしまう。そんな経験をさんざん重ねてきた人たちだから だ。
そんなことは、自分でもよくわかっている。だからこそ、少しでも改善につながる道を探しているのに、いきなり その道の後に続く話をされても戸惑ってしまうだろう。だが、当事者・体験者の集まった会合では、自分の状態を語り、それをそのまま聴いてもらえた。それが 快感なのだ。
さらに、その場を設定した私の役割は専門的な技術や力量を要するカウンセラーではない。実は、参加者同士が専門のカウンセラー以上のカウンセラー役になる。だから自由に受けとめてもらい合う場づくりに努めるのが、設定者としての役割になる。
カウンセリング的効果
第3回は、引きこもりの体験発表と交流・相談会として4月29日に行った。不登校情報センターのスタッフ会議の席で参加したある女性が、「自分の引きこもりの体験を話す」と、勇気をもって言いだしてくれた。29日の参加者は、体験者と体験者の家族が20人だったが、サポート役として加わった私たちスタッフの中にも不登校や引きこもり体験者がいる。
小グループでの交流会は四つに分けて行った。女性の体験者とその親。男性は24歳以下と25歳以上の二グループ。そして、29歳の男性を孫にもつ祖父の相談。それぞれスタッフも参加して学ぶ。
結果は予想通りの展開になった。これまで人と話し込んだことはないと言っていた体験者が、気がつくと夢中になって話し合っている。
引きこもりの子をもつ親が、何かの手がかりを得ようとして体験者に質問する。体験者は自分の経験を話し、その話自体が質問者の役に立っている。
1時間半の予定が、気がつくと1時間以上延長していた。その後も近くのファミリーレストランに場所を移し、構成を少し変えた四組の小グループの話し合いはなおも続いた。
話せれば前進だ
この日の会合に参加を申し込んできた人は全部で26人いたが、このうち実際に参加したのは7人で、予約なしの参加者は13人いた。
出席しなかった人とは何か。問い合わせだけだった人もいるだろうが、多くは心理的要因だったと思う。学校へ行くつもりなのに登校できない不登校と同じ心理的な要因だと思う。
実はこれが最大の課題なのだ。ともかく出て来れれば、それだけで一歩前進になるからだ。会合の参加者にアンケートをとったところ、こう書いてあった。「いろいろ話せてたのしかったです」「おもいきって来てよかった」「また開いてほしい」「いまの状況を思いきり本音で話せる場はとても大事で意味があった」。
今後の課題は運営の方法だ。まず、会の参加者同士が日常的に話し合える関係になることが大事だろう。これまでの私の経験では、参加をくり返すなかで、顔見知りになり、お互いに相手がわかっていく過程がすすみ、友人関係になる。なかには恋愛関係になる男女もいると思う。そういうことを促すように運営方法を改善することだ。
課題はあっても、こういう方式の場なら専門家でなくてもできるのではなかろうか。全国のあちこちで、このような心を開いて話し合える場が生まれることを期待している。
私たち不登校情報センターでは、このような会合に参加できない人たちに対して、①文通サークルによる手紙コミュニケーション、②訪問活動による家族以外の人とのコミュニケーション、を目的とした取り組みも行っている。