(4)乳幼児への虐待への対応
(4)乳幼児への虐待への対応
乳幼児への虐待の広がりも、この20~30年間の社会的様子を表わしています。
昔から虐待はありましたが、これほど広がるのは社会が大きな変動期を迎えている1つの証拠と考えます。
私がその重大性とか特色を初めて知ったのは『母乳』(山本高治郎、岩波新書、1983)でした。
私が読んだのは2000年を過ぎていました。
産後すぐに乳児と離された母との切り離された状態で生まれる「被虐待児症候群」というアメリカの産科医の研究によるものでした。
特にこれは母親の知的レベルには関係なく見られる点が印象に残っています。
というのは、不登校情報センターに通所する人の中には乳幼児期に虐待を受けていた人が複数人おり、この指摘を感じずにはおれないからです。
社会的には日本は核家族化が進みました。
子育ては単一家族の仕事、とくに母親1人で担当する状態になりました。
この時代には“子育て本”が広がり、母親のつながりによる知恵の伝承ではなく、成功例に基づく一般化できる知識が子育ての見本にされ、独り母親がそれを吸収してきたのです。
2022年にカウントされた乳幼児虐待の件数は20万件を超えます。
行政の担当は児童相談所がこれに追われ、目が届きにくい状態になっています。
家庭児童相談室や保健所の職員がこれを各部分で補充するしくみですが、手が回らないのはむしろ当然です。
虐待を受けた子どものある割合がその後遺症状としてひきこもる。ひきこもりへの対応の一定部分をそう考えています。
「被虐待児症候群」は後に愛着障害とされてきたと考えます。
虐待を受けた乳幼児への対応が心身に即したものになるのは当然です。
しかし、社会的な対応はさらに遅れを取っていませんか。
虐待死が起これば児童相談所が責められる事態が続いています。
今の体制では手が回らないと指摘されているのに、社会的な対応としては児童相談所が一手に責任を負っています。
母親一人の子育てで苦戦する対応はどうなっているのか。
自治体は保健所などで子育て相談に対応しているが事の重大さに対して差し出される手は少なすぎる。
子どもが動く1日24時間にどれだけの空白が生まれているのか。
その質量はあまり注意が向けられない。
それに対しては社会的な対応によるしかない。
そこに目を向け、ゆったりとしていながら好意と関心を広く多様に結びつける状態を整えなくてはならない。
ひきこもりに関わってたどりついた結論の1つはここです。