Center:2007年4月ーユースアドバイザー調査によせて
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ユースアドバイザー調査によせて
〔『ひきコミ』第44号=2007年5月号に掲載〕
内閣府の「ユースアドバイザー」(仮称)の調査に応じることになりました。「ユースアドバイザー」とはニートと呼ばれる若者などの「社会的自立を支援する」相談員の意味を持たせようとする新しい職名・資格制度のように思います。
このような調査でどこまで的確なものが出てくるのか、逆にどうでもいい方向性が「調査の結果明らかになった」とかいって、私がこれまで取り組んできたことが見向きもされないことになるのではないか、そんな不安もありました。
しかし私はこれまで社会的承認を求めるためにやってきたわけではないし、逆にある種の反面教師というか拙い実例と扱われてもいい、そう覚悟を決めて、この調査に応えることにしたのです。調査はアンケートへの回答と面談による聞き取りの2通りになりました。
(1)ユースアドバイザーの職域についての推測
「アンケート」には、このユースアドバイザーがどのような職務範囲になるのかをうかがわせる1つの項目があります。そこには次の事項があります。
1. 就労(適職など職業選択、中途採用、転職、新卒の就職活動、職業訓練)
2. 就学(不登校、進学、転校、教育内容、教育)
3. 社会環境(交友、人権問題、家庭・家族問題)
4. 本人事情(こころの健康、ひきこもり、非行・不良行為)
5. 制度(助成金・補助金、社会保障制度等)
6. その他( )
それぞれに相当するものを、現実の職業から考えてみれば、
1.はハローワークの職業指導員、高校・大学等の進路指導担当教員、職業訓練所の相談員、一定企業の人事・総務担当者、いわゆるキャリアコンサルタントでしょう。
2.は教員、教育相談員、いじめ相談員、心理カウンセラー。
3.は、家庭裁判所調査官、教育相談員、探偵事務所の調査員、心理カウンセラー、弁護士、人権擁護委員。
4.は、心理カウンセラー、警察少年課職員、医師、精神保健福祉士。
5.は、ケースワーカー、MSW、社会保険労務士…あたりでしょう。
それらの職能に関する部分を縦割り型ではなく、横断的に身につけ、それぞれの得意分野を発揮するのが「ユースアドバイザー」と想定されているように思います。
私はこれらの要素が青少年の社会的な自立を支援するのに必要であるとおおかた了解しますが、ひきこもり的で対人関係を苦手とする青少年が増大している現状ではいくつかの問題も感じます。
たとえば交友関係というところで何を問われるのかを考えてみると、もう少し違う内容になると感じるのです。「友達がいない」というのを交友関係の問題と扱うことの弱さ・不適切さといっていいでしょう。対人関係を技術レベルで対応することのこっけいさといえるものです。
ひきこもりとは、自分を支え維持するために人との関係を制限したり、絶ちきって対応した人たちです。それは意識し選択してそうなったという以上に、無意識の自己防衛本能の発揮といえるものです。それがある局面から自分自身を制約する壁に変わっていったわけです。
この後者の 自分を制約する面だけを見て、自分を守っている面を見ない対応は、ひきこもりに対する的確な対応とは言い難いように思います。それは心理カウンセラーが担 当しているはずの、感情抑制の開放に関する部分といっておきましょう。その部分が、この交友関係の背後・土台にあるのです。
「職に就く」または「職に就けない」のもそれに似た事情があります。自分に向いた職を探し、自分に向いた職業的技術を身につける以前に、その背景、土台に関する点です。それらを育てる要素です。
それは自分の発見とか、自信をつけるとか、あるレベルの社会性を身につけることですが、それは友人関係によって蓄積され、形成されます。
たぶんユースアドバイザーは、これら「社会的な自立」に必要な要素が並列になっている、バラバラに対応されているのを一本筋を通したものにしようと考えているように見えます。
現状では職種間の協力、連携によって対応しようとしているものを、単体の職種にしていきたいのではないか。その可能性をもって調査しようとしているのかもしれません。
若者の自立に関係する行政面での縦割り対応にあわせて、職種・職責または資格でも縦割りになっている現状を改善しようとしているのかもしれません。
(2)私自身の「職種」とは?
ところで私は自分の職業を“公式”には進路指導相談員と自称し始めて十年余りになります。最近は不登校情報センター代表とかNPO理事長という職責名を名乗ることが多いのですが、職名は進路指導相談員です。
進路指導相談員は職名ですが、職業事典に載っているわけではありません。自分で考え出した職名です。それは自分の経歴のなかで積み重ねたことをふまえたものです。特に教育書の編集者時代に教育学や教育実践記録に数多くふれてきたこと、『これからの仕事ガイド』という仕事辞典(A4版で索引を含めると 350ページの大著)を企画し、調査・執筆、編集してきた経験が大きく作用しています。
私の経歴のなかでは医療現場(大学病院と町中の診療所)で働いていたことも重要な意味があります。不登校やひきこもりの当事者に直接に出会う機会が生まれたとき、この経験が人間観察に役立っていたように思います。
いま私が、この分野で仕事をしていることは、私自身の経験と人間としての直感力によるものといえます。言いかえれば、進路指導に関する体系的な知識や技術というのをどこかでまとめて身に就けたわけではありません。私が長い時間をかけて身につけてきたことを、系統的に学べる学習教材をつくり、知識、技術、職能、および変化する情報を処理する力量を短期間に身につけた職業または資格になったものが、ユースアドバイザーなのかとも理解できます。
私は自分の職業上の由来と、そこからひきこもりの人への対応に至った経験の一端を紹介しました。そこで得たことと内閣府のいう「ユースアドバイザー」の方向は同じものかもしれないし、違うのかもしれません。あるいは全く関係のないことかもしれません。
(3)「知識・技術」以上に必要だと感じるものは「人間性と辛抱強さ」
私の個人的な期待からすれば、先の1.の就労から、5.の制度までに関わる知識や技術を、いくぶん工夫して横断的に網羅したものがユースアドバイザーになるのであればいいと思います。それは私がたどってきたこととも大筋で一致するからです。私には納得できる内容になります。
多くの経験の後で、このような仕事に就くのではなく、大学新卒者など若い人がこれを選択可能な職業にするというのも、この方向でなら納得できる糸口はあるのかもしれません。それは認めなくてはいけないでしょう。しかし、大事な要素をもう一つ加えたいと思います。
その一点は、心理カウンセラーが職業上工夫し、苦心している「相談者との信頼関係づくり」に関わることです。権威や職権みたいなもので上から指導するようなやり方ではありません。その面をふまえないと、ひきこもりの人はもちろん、若者全体の対人関係づくりとか就労支援は上すべりになるように思います。
この資格に付随する、むしろ背景とか土台になっていて、知識や技術以上に重要な要件は、ひとり心理カウンセラーだけに求められるものではないと思います。教育相談や就労支援に関わる人にも求められるし「ユースアドバイザー」にも求められると思います。
私が聞き取り調査の面談で話した中心はここだったと思います。しかし、これをどう表現するのか、職業上、資格上それをどのように組み込んでいくのかとなるとやっかいです。それは人間性といってもいいでしょう。私がよく使う言葉では辛棒(patient)を「ユースアドバイザー」側にも必要な要件としてとり込むことになるはずです。正直、このように提唱する私自身、どう取り組むべきか方向はわかりません。しかし、知識や技術以上に必要なことだという確信はあります。
不登校情報センターには過去十年余りの間に、少なくとも私が直接に出会ったひきこもり系の人は300人以上はいるでしょう。そのなかで比較的ひんぱんに通所してきた人も100人は超えていると思います。
いまふり返ってみると、すぐに来なくなった人もいますが、ともかく長く来所し、お互いの人間関係の修練を重ね、友人関係がもてるようになった人は、社会参加をとげていくように思います。それまでの時間に長い短いの差はあるにしてもです。
いま、この「ユースアドバイザー」の調査を受けて、私には一つの思いがあります。私が関わってきた人たちはどのような経過をたどっているのか、それを追跡してみる意味があるのです。「ユースアドバイザー」は内閣府の手によって私の思いとは関係なく何らかの方向に進んでいくでしょう。それとは別に若者の社会的な自立に必要な要素や方法を、独自の経験を総括することによって実感的に把握していきたい、と思うのです。