Center:118-分析ではなく総体を見る視点
分析ではなく総体を見る視点
〔2011年4月7日に掲載〕 『三千年の知恵 中国医学のひみつ』(小高修司、講談社ブルーバックス、1991年)を読む。著者は医師。 「西洋医学が人体を個々の臓器の集合体と考え、総体の人間として見ることをなおざりにしてきた」「『病める人』を見ずに『病んだ臓器』を見ることに追われてしまっている医者・医療に対する不信感がつのり」(5ページ)「『もう一つの医療』としての漢方への期待が高まってきた」(6ページ)のが、漢方ブーム。
「中医学では、仮に同じ病と診断された疾病であっても、古代と現代では、用いられる生薬の種類、量がより適切なものへと変えられており、これが、中医学が数千年の歴史を踏まえつつ、さらに発展途上にある……。 別の見方をすれば、中医学は、膨大な数の人体実験の上になりたっている医学である……。西洋医学は、近年急速な進歩をとげているとはいえ、まだ百数十年の歴史にすぎず、動物実験の上になりたっている医学であるといういいかたもできます」(46ページ)。
生命力……「生まれたときからすでにもっている生命力のことを、中医学では『先天の本』といいます。この両親から与えられた生命力は、乳児期の健康状態を左右します」(48ページ)。「生まれてから後に、自分で獲得する生命力のことを『後天の本』といいます。この働きに関与するのは、脾(主として消化吸収)と肺(主として正しい呼吸)です」(49ページ)。生命力=「先天の本」+「後天の本」。
〔五感を使って診断する〕 ⇒感覚器官で観察する。その視点、見方、基準を示してくれる。90ページから100ページあたりまで。
「西洋科学的な分析方法で東洋医学を解析することは、少なくとも現在の科学知識では、まだ不可能だろうと考えるからです。自然界のすべての現象を、西洋科学という一面のみで理解しようとするのは無理なのではないかと考えていますが、どうでしょうか」(197ページ)。 この部分は、東洋医学の科学的な解明が求められているのに対する、弁明になっている。必要は認めるけれども、困難があり限界がある、その点の弁明。
西洋的な科学では、そのまとまりをなるべく細分化し、どの要素が、どのように働くのかを見ようとする。 中国の伝統医学または一般的なものの見方では、1つの物体を(限りなく)細分化し分析しようとする代わりに、ある程度のまとまりでその作用をみようとする。そこに多義性があり多くの作用が同時に見られる。 水は酸素と水素の化合物であるが、酸素の働きをすべて取り出し、水素の働きをすべて取り出し、その合算をしても水の働きは説明できない。それ以外の性格や働きがある。この点が細分化し、分析的な方法の不十分さではないか。 分子や物体レベル以外を見るとき、たとえば社会関係や心理状態などは元々、単体が複合的な要素から構成されているとしたほうが細分化し分析的であるよりもよくはないか。ものの見方、視点として分析的方法とは別の有効さが視野に入ってくる。全体を見る、総体を評価する視点、方法が有効になるのではないか。