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Center:対人関係のスペースづくり

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対人関係のスペースづくり

〔2010年07月02日〕
対人関係づくりをどう進めるのか。
いまの時点ではスタートした1996年ごろよりも多くのことがわかります。
しかし、当時どれくらいのことがわかっていたのかを現在の認識と切り離して表現するのは難しいものです。
外形的なことでは、1996年8月に「通信生・大検生の会」を呼びかけ、5人集まったのが最初です。
私の目的は、「学習、情報交換、対人関係」の3点でしたが、このうち学習をしたことはほとんどありません。
続いたのは対人関係づくりと情報交換です。
いわゆるフリースペース、当事者の会、自助グループの範囲のものです。
「通信生・大検生の会」は名前をいくつか変更しながら継続し、今日につながっています。

人材養成バンクの思いつきは1998年ごろです。
「通信生・大検生の会」の集まりを続け、不登校・中退者のための進路相談会を頻繁に開いていた時期です。
学校(進学できる高校=受け入れようとする高校)に案内をして合同の説明会・相談会をするなかで、学校とは別の対応も必要と感じたのが発端だったと思います。
人材養成バンクを始めた当時の様子は東京新聞に掲載されました。
この記事は事態を楽観的に表現しています。
「不登校・中退者らの職探し」(1999年1月10日)。
http://www.futoko.sakura.ne.jp/shinbun/kiji/30.html

それから長い時間が過ぎました。
いろいろなことがあり、短い文章に何をどう表わせばいいのか戸惑うほどです。
2008年5月にまとめた「対人関係支援百人の実例と支援対象の現状」
http://www.futoko.co.jp/isota^essei^new/taizinkankeisien100ninnoziturei.html 
が一つの参考になるでしょう。

不登校情報センターで関わった人たちの“社会参加”の面から見た状況報告です。
対人関係づくりをいちばん重視して取り組んだのですが、対人関係づくりの到達を図る方法は難しく、社会参加のかかわりで調べたものです。
社会参加の状態を評価するのに一般的な判断基準を知らず、私なりの基準を設定し分類したものです。

発達障害に関係する集会に参加したとき、支援団体に関係する当事者の3分の2程度は何らかの社会関係に入ると聞きました。
そのときの支援団体に受け入れられた当事者の年齢は十代が多く、テーマが発達障害なので単純比較はできません。
ですがこの調査でも6割の人が何らかの社会参加をしているのは一応の共通点があると思いました。

これをもって対人関係づくりのための不登校情報センターのフリースペースを手放しで評価する気にはなれません。
“成果”よりも未達成の方がはるかに気になるものです。
その集会参加と平行して準備をしていた2009年の創作展を呼びかける文書があります。
「創作活動のかたちで社会参加をめざす」(『ひきコミ』2009年4月号)から引用します。

「引きこもり、または対人関係を苦手とする人たちの社会参加を考えるとき、私はあまり声高に話すことができません。
就職を想定したときの彼ら彼女らの状況は、常に窓際の『その他大勢』に人くくりされた存在に扱われてしまうのではないか。
…社会参加になっているとはいえ、私は“支援者”として彼ら彼女らをそういう世界に追い立てていっていいものか。
…自分でつくった持ち場にきた1人ひとりの顔を思いながら、彼ら彼女らの社会での処遇を考えれば納得できるかどうか。
…現状はそれにいたたまれないのです」。

長くなるのでこの引用部分さえ1割ほどですが、対人関係づくりの面から見たフリースペースの様子に私は満足していません。
しかし止めるのはもっとダメです。
わずかな芽を育て、小さな納得を重ねる先に、本物があると思うのです。
天からの突然の贈り物は期待しないでおきましょう。
それを待つ気持ちが何かを壊し、自分を腐らせるように思います。

脱線しました。
対人関係づくりを重視して取り組みました。
それなりの“成果”はあるとしても満足はしていません。
根本的な問題は支援の現場だけではなく、向かうべき社会にもあるのです。
支援現場においても否応なくその影響は受けざるを得ません。
しかし、私が関わる社会変革は不登校情報センターを基盤とします。
それから飛びだして何かをする気はないし、能力もありません。
自分の持ち場で地道に続けるのです。
そこにいま創作活動が動き出しているのです。

渋谷昌三『人と人との快適距離』NHK出版、1990


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