公共サービスとその周辺
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− | サービス産業とは物品の生産に関わる第一次産業(農林漁業)と第二次産業(製造業・建設業)以外の第三の産業分類、第三次産業です。<br>就業者の構成でも、国民総生産GNPでも過半ないしは3分の2以上を占めるのが先進国と言えます。<br>日本は高度経済成長期の終わりごろ(1970年代初め)にこの状態になりました。<br>第三次産業には古くからの商業・貿易があります。<br>産業革命(工業化)にともない金融、教育、医療などが発展し広がりました。<br>現代では放送、スポーツ、芸能、情報、観光・旅行に大きな成長があります。<br>これらの全部が第三次産業(サービス産業)です。<br> | + | サービス産業とは物品の生産に関わる第一次産業(農林漁業)と第二次産業(製造業・建設業)以外の第三の産業分類、第三次産業です。<br> |
+ | 就業者の構成でも、国民総生産GNPでも過半ないしは3分の2以上を占めるのが先進国と言えます。<br> | ||
+ | 日本は高度経済成長期の終わりごろ(1970年代初め)にこの状態になりました。<br> | ||
+ | 第三次産業には古くからの商業・貿易があります。<br> | ||
+ | 産業革命(工業化)にともない金融、教育、医療などが発展し広がりました。<br> | ||
+ | 現代では放送、スポーツ、芸能、情報、観光・旅行に大きな成長があります。<br> | ||
+ | これらの全部が第三次産業(サービス産業)です。<br> | ||
サービス業とはそのサービス産業の一部です。<br>岡田康司さんはサービス業を事業所向け、個人向けと並ぶ第3の分類として公共サービスを考えました。<br> | サービス業とはそのサービス産業の一部です。<br>岡田康司さんはサービス業を事業所向け、個人向けと並ぶ第3の分類として公共サービスを考えました。<br> | ||
− | そのサービス産業のうちの狭義のサービス業にふみ込みます。<br>2種類の大百科事典でサービス産業について執筆した岡田康司さんは、それを狭義のサービス業の説明に代えました。<br>そして1980年代後半の日本の到達状態に関わって執筆しました。<br> | + | そのサービス産業のうちの狭義のサービス業にふみ込みます。<br> |
− | ここで「公共サービス」と新しく提示されましたが、これは従来の行政サービス(行政事務)に含まれます。<br>税務、警察、軍事、所有・財産確認、戸籍など古くから続いてきたことに加えて、近代になってからは議会、裁判(司法)なども加わり行政サービスという言葉より「統治」というのがよさそうに思います。<br> | + | 2種類の大百科事典でサービス産業について執筆した岡田康司さんは、それを狭義のサービス業の説明に代えました。<br> |
− | 岡田康司さんは2つの大事典のうち公共サービスにはTBSブリタニカ版で2行ふれただけです。<br>サービス業のうち公共サービスは、その当時は今日ほどには開花していなかったのが関係すると思います。<br>それでも「行政サービス」や「統治」に含めなかったのはよかったと思います。<br>「統治」も経済的側面はサービス業に含まれます。<br> | + | そして1980年代後半の日本の到達状態に関わって執筆しました。<br> |
− | 1990年以降の社会状況、日本におけるバブル経済の崩壊につづく長期低迷の社会経済状況のなかで、公共サービスは社会福祉、保健衛生、個人の尊重に関わる分野が多いと感じます。<br>一部は確かに「行政サービス」に重なるのですが、私には独自に分類する積極的な意味を感じます。<br>自治体等の公共サービスと関わって家事労働が家庭の外に広がり、大きくなった状態があるからです。<br>こうして公共サービスは大きく広がりました。<br>それは就業者数においても、GDPの割合においても大きくなったのです。<br> | + | ここで「公共サービス」と新しく提示されましたが、これは従来の行政サービス(行政事務)に含まれます。<br> |
− | この公共サービスの全体を要領よくまとめ上げる条件、能力、時間、環境…は私には十分ではありません。<br>私はひきこもりに関わる社会問題にかかわってきた経験からそれを広げて考えることができるだけです。<br> | + | 税務、警察、軍事、所有・財産確認、戸籍など古くから続いてきたことに加えて、近代になってからは議会、裁判(司法)なども加わり行政サービスという言葉より「統治」というのがよさそうに思います。<br> |
+ | 岡田康司さんは2つの大事典のうち公共サービスにはTBSブリタニカ版で2行ふれただけです。<br> | ||
+ | サービス業のうち公共サービスは、その当時は今日ほどには開花していなかったのが関係すると思います。<br> | ||
+ | それでも「行政サービス」や「統治」に含めなかったのはよかったと思います。<br>「統治」も経済的側面はサービス業に含まれます。<br> | ||
+ | 1990年以降の社会状況、日本におけるバブル経済の崩壊につづく長期低迷の社会経済状況のなかで、公共サービスは社会福祉、保健衛生、個人の尊重に関わる分野が多いと感じます。<br> | ||
+ | 一部は確かに「行政サービス」に重なるのですが、私には独自に分類する積極的な意味を感じます。<br> | ||
+ | 自治体等の公共サービスと関わって家事労働が家庭の外に広がり、大きくなった状態があるからです。<br> | ||
+ | こうして公共サービスは大きく広がりました。<br> | ||
+ | それは就業者数においても、GDPの割合においても大きくなったのです。<br> | ||
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+ | 私はひきこもりに関わる社会問題にかかわってきた経験からそれを広げて考えることができるだけです。<br> | ||
多くのばあいこうなります。<br> | 多くのばあいこうなります。<br> | ||
− | + | (A)ある社会問題の発生⇒<br> | |
− | 例えば不登校(登校拒否)を挙げましょう。<br> | + | (B)当事者と周辺の人における取り組みの始まり⇒<br> |
− | 他方では教育行政(教育委員会、当時の文部省)に届きました。<br>文部省は適応指導制度を発意し(民間のフリースクールを参考にしたのでしょう)、2000年代に入り大検(大学入学資格検定)を高卒認定制度に変えました。<br>民間(社会)では通信制高校とそのサポート校が広がりました。<br>制度面では高校卒業に必要な単位数を74単位に下げました。<br>公立高校では昼間定時制高校を設立し、原則4年制の定時制・通信制課程を3年間で終えられるようにしました(3修制)。<br>他には不登校特例校、特別支援学校(学級)として受け皿をつくりました。<br> | + | (C)社会運動の始まりと自治体・行政部門の関与⇒<br> |
− | これらを経済面でみると就業者(教職員数、各校の相談員など)が増加することになります。<br>ここには発達障害の知見の広がりや過疎地対策(山村留学特例校、自治体支援の私立通信制高校の設立)など隣接する社会問題と重なるものが見られます。<br> | + | (D)法制度の設立⇒<br> |
− | 発達障害(2005年の発達障害者支援法)も不登校を考えるときに欠かせない要件です。<br>いじめ(2014年のいじめ防止対策推進法)、子どもの虐待(2001年の児童虐待の防止等に関する法律)なども関係します。<br> | + | (E)法制度に基づく全国的対応——。<br> |
− | + | すべてがこの順に動くわけではなく、ものによっては順序が逆になる場合もあります。<br> | |
− | 不登校情報センターでサイト制作を続けているのは、これらのうちの学校・団体と公共機関の所在と動きに関することが中心になります。<br>それは、バランスがとれているわけでも十分でもありません。<br>それでも、ひとまず問題の一端を書き始めることができました。<br> | + | もう一つの性格は、隣接する社会問題が作用し合い、重なることです。<br> |
+ | 例えば不登校(登校拒否)を挙げましょう。<br> | ||
+ | 1980年代に入り思春期の子どもに不登校が広がりました。<br> | ||
+ | 初期は「困った事態の発生」と考えられました。<br> | ||
+ | 親の会が生まれました。それを応援する相談室や学習塾(フリースクール)がそれを「困った事態」と単純に評価せずに、子どもの側に立って周りを見渡しました。<br> | ||
+ | それは学校という制度の壁であり、家庭内の状況の把握であり、社会全体を考える方向に行きました。<br> | ||
+ | 他方では教育行政(教育委員会、当時の文部省)に届きました。<br> | ||
+ | 文部省は適応指導制度を発意し(民間のフリースクールを参考にしたのでしょう)、2000年代に入り大検(大学入学資格検定)を高卒認定制度に変えました。<br> | ||
+ | 民間(社会)では通信制高校とそのサポート校が広がりました。<br> | ||
+ | 制度面では高校卒業に必要な単位数を74単位に下げました。<br> | ||
+ | 公立高校では昼間定時制高校を設立し、原則4年制の定時制・通信制課程を3年間で終えられるようにしました(3修制)。<br> | ||
+ | 他には不登校特例校、特別支援学校(学級)として受け皿をつくりました。<br> | ||
+ | これらを経済面でみると就業者(教職員数、各校の相談員など)が増加することになります。<br> | ||
+ | ここには発達障害の知見の広がりや過疎地対策(山村留学特例校、自治体支援の私立通信制高校の設立)など隣接する社会問題と重なるものが見られます。<br> | ||
+ | 発達障害(2005年の発達障害者支援法)も不登校を考えるときに欠かせない要件です。<br> | ||
+ | いじめ(2014年のいじめ防止対策推進法)、子どもの虐待(2001年の児童虐待の防止等に関する法律)なども関係します。<br> | ||
+ | これらの社会問題に取り組む民間の働きを支えるためにNPO法(1999年の特定非営利活動促進法)や一般社団法人(2007年の一般社団法人及び一般財団法人に関する法律)が用意され、またそれらの改正法が続きました。<br> | ||
+ | 以上は公共サービスのなかの「子どもと教育」に関する小項目(?)について考えたことです。<br> | ||
+ | これに発達障害を含む障害者、家族の変化(核家族、少子化、高齢化、未婚成人、シングルマザー)、格差社会の進行(生活困窮者、ホームレス、孤立・孤独)、社会参加と就労(対人関係、失業、職業訓練、職業紹介)、都市農村の格差(過密過疎、住宅、交通)、自治体の役割(福祉部門、保健所、社会福祉協議会)、外国人、アイヌ、LGBTs(性的少数者)の角度からも考えることが公共サービスの内容になります。<br> | ||
+ | 不登校情報センターでサイト制作を続けているのは、これらのうちの学校・団体と公共機関の所在と動きに関することが中心になります。<br> | ||
+ | それは、バランスがとれているわけでも十分でもありません。<br> | ||
+ | それでも、ひとまず問題の一端を書き始めることができました。<br> | ||
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2024年5月17日 (金) 20:09時点における最新版
公共サービスとその周辺
サービス産業とは物品の生産に関わる第一次産業(農林漁業)と第二次産業(製造業・建設業)以外の第三の産業分類、第三次産業です。
就業者の構成でも、国民総生産GNPでも過半ないしは3分の2以上を占めるのが先進国と言えます。
日本は高度経済成長期の終わりごろ(1970年代初め)にこの状態になりました。
第三次産業には古くからの商業・貿易があります。
産業革命(工業化)にともない金融、教育、医療などが発展し広がりました。
現代では放送、スポーツ、芸能、情報、観光・旅行に大きな成長があります。
これらの全部が第三次産業(サービス産業)です。
サービス業とはそのサービス産業の一部です。
岡田康司さんはサービス業を事業所向け、個人向けと並ぶ第3の分類として公共サービスを考えました。
そのサービス産業のうちの狭義のサービス業にふみ込みます。
2種類の大百科事典でサービス産業について執筆した岡田康司さんは、それを狭義のサービス業の説明に代えました。
そして1980年代後半の日本の到達状態に関わって執筆しました。
ここで「公共サービス」と新しく提示されましたが、これは従来の行政サービス(行政事務)に含まれます。
税務、警察、軍事、所有・財産確認、戸籍など古くから続いてきたことに加えて、近代になってからは議会、裁判(司法)なども加わり行政サービスという言葉より「統治」というのがよさそうに思います。
岡田康司さんは2つの大事典のうち公共サービスにはTBSブリタニカ版で2行ふれただけです。
サービス業のうち公共サービスは、その当時は今日ほどには開花していなかったのが関係すると思います。
それでも「行政サービス」や「統治」に含めなかったのはよかったと思います。
「統治」も経済的側面はサービス業に含まれます。
1990年以降の社会状況、日本におけるバブル経済の崩壊につづく長期低迷の社会経済状況のなかで、公共サービスは社会福祉、保健衛生、個人の尊重に関わる分野が多いと感じます。
一部は確かに「行政サービス」に重なるのですが、私には独自に分類する積極的な意味を感じます。
自治体等の公共サービスと関わって家事労働が家庭の外に広がり、大きくなった状態があるからです。
こうして公共サービスは大きく広がりました。
それは就業者数においても、GDPの割合においても大きくなったのです。
この公共サービスの全体を要領よくまとめ上げる条件、能力、時間、環境…は私には十分ではありません。
私はひきこもりに関わる社会問題にかかわってきた経験からそれを広げて考えることができるだけです。
多くのばあいこうなります。
(A)ある社会問題の発生⇒
(B)当事者と周辺の人における取り組みの始まり⇒
(C)社会運動の始まりと自治体・行政部門の関与⇒
(D)法制度の設立⇒
(E)法制度に基づく全国的対応——。
すべてがこの順に動くわけではなく、ものによっては順序が逆になる場合もあります。
もう一つの性格は、隣接する社会問題が作用し合い、重なることです。
例えば不登校(登校拒否)を挙げましょう。
1980年代に入り思春期の子どもに不登校が広がりました。
初期は「困った事態の発生」と考えられました。
親の会が生まれました。それを応援する相談室や学習塾(フリースクール)がそれを「困った事態」と単純に評価せずに、子どもの側に立って周りを見渡しました。
それは学校という制度の壁であり、家庭内の状況の把握であり、社会全体を考える方向に行きました。
他方では教育行政(教育委員会、当時の文部省)に届きました。
文部省は適応指導制度を発意し(民間のフリースクールを参考にしたのでしょう)、2000年代に入り大検(大学入学資格検定)を高卒認定制度に変えました。
民間(社会)では通信制高校とそのサポート校が広がりました。
制度面では高校卒業に必要な単位数を74単位に下げました。
公立高校では昼間定時制高校を設立し、原則4年制の定時制・通信制課程を3年間で終えられるようにしました(3修制)。
他には不登校特例校、特別支援学校(学級)として受け皿をつくりました。
これらを経済面でみると就業者(教職員数、各校の相談員など)が増加することになります。
ここには発達障害の知見の広がりや過疎地対策(山村留学特例校、自治体支援の私立通信制高校の設立)など隣接する社会問題と重なるものが見られます。
発達障害(2005年の発達障害者支援法)も不登校を考えるときに欠かせない要件です。
いじめ(2014年のいじめ防止対策推進法)、子どもの虐待(2001年の児童虐待の防止等に関する法律)なども関係します。
これらの社会問題に取り組む民間の働きを支えるためにNPO法(1999年の特定非営利活動促進法)や一般社団法人(2007年の一般社団法人及び一般財団法人に関する法律)が用意され、またそれらの改正法が続きました。
以上は公共サービスのなかの「子どもと教育」に関する小項目(?)について考えたことです。
これに発達障害を含む障害者、家族の変化(核家族、少子化、高齢化、未婚成人、シングルマザー)、格差社会の進行(生活困窮者、ホームレス、孤立・孤独)、社会参加と就労(対人関係、失業、職業訓練、職業紹介)、都市農村の格差(過密過疎、住宅、交通)、自治体の役割(福祉部門、保健所、社会福祉協議会)、外国人、アイヌ、LGBTs(性的少数者)の角度からも考えることが公共サービスの内容になります。
不登校情報センターでサイト制作を続けているのは、これらのうちの学校・団体と公共機関の所在と動きに関することが中心になります。
それは、バランスがとれているわけでも十分でもありません。
それでも、ひとまず問題の一端を書き始めることができました。