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言葉の持つ力の使い方

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2022年11月25日 (金) 09:34時点における版

言葉の持つ力の使い方

あなたの子どもの頃の将来の夢は何でしたか? 私の夢は電車の運転士でした。
小さい子どもの夢としてはありきたりなものですね。
しかし小学生の頃には電車への関心は薄れていき、何を夢にしていたのかは覚えていません。
それでも中学生の頃の夢ははっきりと覚えています。それは隠居です。
当時の私は塾通いで遊ぶ暇がなく、やむを得ず睡眠時間を削ってゲームをしていました。
そのため学校では睡眠不足で常にイライラしていました。
友人はそれなりにいたので孤独感はありませんでしたが、なぜか毎度私をライバル視?して突っかかってくるクラスメートの存在には怒りを通り越してうんざりさせられたものです。
受験戦争も喧嘩ももうたくさんだ、醜い争いなんて俺には関係ない、やりたい奴だけでやってくれ。
そういった気持ちで争いごとから距離をおいて心の平穏を保てる環境に隠居したいと望むようになりました。
そして今も根っこはその頃と変わらないように思います。

話は変わりますが、先日路上で交通ルールを巡ってトラブルになりました。
私と相手のどちらが正しいのかをここで語ることはしません。
そこは話の本筋ではありませんし、私は私が正しいと主張するに決まっています。
問題は相手の男性が私に対して高圧的な態度で責めてきたことです。
自分が正しいと主張するのはお互い様なので良いとして、なぜ高圧的な態度に出るのでしょう。
私は怖いやら悲しいやらで一時かなり縮こまってしまいました。
こんなことは滅多にあることではありませんが、普段の私ならその場は引き下がり、「なぜ正しい自分が折れなければならないのか」という後味の悪さを感じながら泣き寝入りする所です。
しかしその時ばかりは一方的な主張で頭に来たことと、このまま泣き寝入りしては精神衛生上よくない、という思いがあったので臆せず反論しました。
結果、相手は不服そうにしながらも黙って引き下がりました。
ですがそれで私の気分が晴れることはありませんでした。
少し反論されたくらいでなぜ引き下がるのか、こいつなら反撃してくることはないだろうと高をくくっていたのか。
そう思うとますます腹が立ちましたし、自分の怒気を孕んだ声を聞いて、ただ静かに生きていたいだけなのになぜこんなに怒って見せないといけないのかという思いで悲しくなりました。
結局その場で反論しようがしまいが、自分が傷つくことに変わりはなかったのかもしれません。

今夏、侮辱罪を厳罰化する法改正が行われました。
私からすると、やっとかという思いです。
人を拳で殴れば罪なのに、なぜ言葉で殴ることはこんなにも軽視されているのかがずっと疑問でした。
法改正の動きはSNSでの誹謗中傷によって自ら命を絶ってしまった方がいたことがきっかけですが、言葉の暴力の酷さはネット上に限ったことではないと思います。
今回のように自分が当事者になることは稀ですが、言葉の暴力はいろいろな場所で見聞きします。
なぜ言葉の暴力がこんなに横行しているのか、理由は色々あると思いますが、私が思うに拳で殴れば殴った方の拳も痛いけれど言葉で殴る分には自分が傷つくことはないからでしょう。
自分が痛みを感じないから他人の痛みに無頓着でいられるということです。
もっとも、私のような人間にとっては言葉で殴るのも十分自分の心が痛むと思いますが。

ひきこもり訪問を続けていると、最初はお互い警戒し合ってはいても少しずつ打ち解けていきます。
相手のことがわかってくると、相手が何に怒り、何に悲しみ、何に喜ぶのかが多少分かるようになります。
抱えているコンプレックスなども見えてきます。
そんな中でその人の持っている本来の力を引き出すような言葉を考えながら接していくわけですが、やろうと思えばまったく反対のことも出来てしまいます。
相手の弱みが分かれば、その人の心を的確に傷つける言葉を探すことはそれほど難しいことではありません。
もちろんそんなことは絶対にしませんし、もし一度でもやってしまったらこの仕事をやる資格はありません。
しかし、それを思うと言葉の持つ力の大きさを感じずにはいられません。
やはりその力は人を傷つけるためではなく、活かすために使いたいものです。

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