Center:100-「無神論者の祈り」の由来
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2017年12月23日 (土) 21:18時点における版
「無神論者の祈り」の由来
〔2011年3月25日〕
かつてアフリカに関心を持っていた時期があります。
その時期のしばらくあと、たぶん1992年に南アフリカでアパルトヘイト体制が崩壊し、ネルソン・マンデラを大統領とする黒人多数者による民主政権が生まれました。
マンデラはANC(アフリカ人民族会議)議長です。
国内ではエイズが蔓延し、担当していた黒人女性が対策の困難を訴えていました。これはNHKテレビを見て知ったことです。
彼女は南アフリカ共産党CPSAの一員で無神論者を名乗っていました。
ANCとCPSAはちょうど、解放戦争期の中国における国共合作(国民党と共産党の統一戦線)の関係です。
対アパルトヘイト体制闘争においてANCとCPSAは協同し、解放後も両者は協同関係にあります。
その黒人女性担当者が、“できるだけの最善を尽くす。そして後は祈る”という趣旨のことを話したのです。
「無神論者の祈り」という言葉を意識したのはこのときです。
数年前に、不登校情報センターに来ている人から、言った人の名前は忘れましたが次の言葉を聞きました。
“神の前で、神とともに、神なしで生きる”
不登校情報センターで引きこもりの経験者に囲まれ生活をしていると、言語にできる合理主義的な用語を狭く扱っていては、分からないままで終わることが多数発生します。
その結果(?)、私は2つの方向でものごとを理解しようと試みました。
1つは精神世界に関することです。
もう一つは日本の精神文化に関することです。
精神世界に関することは、日常の出来事に基づいてときどき書いているつもりです。
日本の精神文化に関することはあまり書いてはいません。
梅原猛さんは「感情表現が西洋的な論理表現に勝るとも劣らない」と日本文化を特色づけています。
いま私にとって、この日本の精神文化と精神世界を合流してとらえる時期が来たように思います。
「無神論者の祈り」ページをこのタイミングで始めようと思ったのはこのためです。
しかしさらにいくつかの事情もありますが、おいおい明らかになるでしょう。