30余年間のカウンセリング体験で証明された、重要な真実
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2018年2月2日 (金) 15:02時点における版
30余年間のカウンセリング体験で証明された、重要な真実
〔2013年9月〕
ストレスカウンセリング・センター
所長 前川哲治
(1) カウンセリングを継続したケースでは、期間に長短(早ければ、1ヶ月ぐらいで好転するケースもある)はあっても、確実に元気を回復し、問題が解決します。
両親の協力が無くても、本人さんが続けてくれれば、元気を回復するようになります。
(2) ケースで圧倒的に多かったのは、「閉じこもり」問題です。
「閉じこもり」は不登校(大学生、大学院生を含む)、出社拒否がその主たるものであり、その特徴は対人恐怖を含む、強い否定的な生き方にしばられている、最も重いレベルの、心のストレス症状です。
(3) 「閉じこもり」では、初めは本人さん(成人を含む)が来所しないことが多く、大半は親の来所です。
以前は母親だけの来所多かったのですが、しだいに両親で来所することが増えてきています。
親のカウンセリングを継続していると、本人さん(親と口をきかないことが多い)を親との関係が好転し、本人さんは元気になってきて、本人さんも来所するようになる場合と、本人さんは来所しないまま、登校したり、働いたりするようになる場合があります。
(4) 閉じこもりレベルのしんどさがありながら、仕事をつづけており、表面的には社会に適応しているように見えながら、人間関係がうまくいかず、しんどさを感じ続けている人がかなり多いと見られます。
よくやっていますが、そのように自分を認めることができないため、しんどさがつづいています。
(5) 親(親がいないときは親に代わる人)の子育てが子供の生き方にとても大きな影響を与えます。
日本の再生のために人づくりかきわめて必要になっていますが、第一次的な人づくりの基盤は子育てです。
子供が親の愛を実感できる子育てが必要ですが、これを「甘やかし」と見て否定する子育て観が社会常識のようになっています。
第二次的に重要なのは学校教育です。
(6) 子育ては親の生き方のあらわれです。
親自身がストレスを溜めつづけるような生き方をしていて、子育てだけがすばらしいというわけには行きません。
親自身がしんどいと、子供虐待をやってしまいます。
(7) 子育てによって親子の信頼関係がつくられているなら、その子育ては成功したといえます。
親がちゃんと子育てをしたつもりでも、子供が親不信をもつなら、それは子育てがうまくやれていなかったことの証明です。
(8) 親子が不信関係になっていると、親子の絆がうすいものであるため、子どもが家を離れて働くようになると、実家に帰ることがなくなり、つながりが切れるようになります。
親の孤独死が問題にされていますが、子どもとのつながりが切れているのです。
(9) 親子関係が子どもの人間関係の基盤になりますから、子どもが親不信になっていると、人間関係がうまくいかず、対人緊張、対人恐怖があらわれ、人間関係がしんどくなります。
(10) 子どもの親不信、親に対する不満は、親に愛されていないと感じているからです。
子どもが何よりも親の愛を求めることは子どもにとって自然なことです。
親は子どもを大事に思っていても、それを子どもに向かって表現しなければ、愛は愛エネルギーとして子どもに伝わらず、子どもは「親に愛されていない」と感じるのです。
(11) 子どもが、「親に愛されていない」と感じていると、「自分は親に愛されない、ダメな人間」、「自分なんか生まれてこなければよかった人間」などという自己否定感にしばられるようになり、ストレスを溜めつづけやすく、さまざまな問題行為があらわれます。
親としゃべらなくなること、不登校、家庭内暴力、犯罪、心の症状や心身症などです。
(12) 親が子どもをほめて育てるなら、子どもは自己肯定感をもち、プラス感をどんどんふやしていきます。
しかし、親はそれを甘やかしになると思い込んでいます。
逆に、親の期待に従わせることを愛と思い込み、子どものマイナス面をなくそうと、子どもに圧力をかけます。
これは愛ではなく、執着愛であって、子どもを力支配することになります。
(13) 子ども気持ちを親が尊重することが子どもの存在を尊重していることになります。
そのことによって子どもは家庭に居場所感を持ちます。
不登校は家庭にも、学校にも居場所感をもてない状態です。
(14) 父親は仕事をして家庭を経済的に養うことで全責任を果たしていると錯覚していることが常識のようになっており、子育ては母親まかせを当然視し、親としての責任を放棄していることがとても多いのです。
子どもと向きかって話をしたことがないという父親がとても多いのです。
当然、父親と子どもとの親子の信頼の絆はつくられないままです。
(15) 父親および母親の夫婦間の信頼関係づくりができていないと、仮面夫婦になります。
家ではまともに妻と向き合って会話しない夫がとても多いのです。
そこでは子育てもうまくいかず、仮面家族になりやすいのです。
(16) 「閉じこもり」は長びきやすく、生涯を終えるまで、「閉じこもり」のままの場合もあります。
「困難に出会いながらも乗り越えていくという、この世に生まれてきた人類としてのテーマが果たせないままになります。
「閉じこもり」が自力で乗り越えにくいのは「どう生きるか」という人類の根本問題に出会っているからです。
(17) たとえ、子どものときから親と話さなくなり、成年となり何年も経っていたとしても、親は本人さんに心を開いてもらえるよう、子育てのやり直しをすることができます。
それは子ども側の本人さんのなかの潜在意識に「親に愛されたい」という願いがあるからです。
しかも、このやり直しの実践によって、親の生き方もすばらしいものに変わります。
(18) 閉じこもりの人、閉じこもり的な人は共通して感性(右脳)が繊細で敏感です。
それはすぐれた可能性をもつ資質ですが、ガラス細工のようにこわれやすく、その子どもに合った子育てが必要です。
知性(左脳)は発達しており、理屈っぽい人が多いのです。
しかし、感性が傷ついているため、感性の成長がおくれ、感性が幼く、知性と感性のアンバランスが大きいのです。
このような子どもがどんどん増えていますから、従来の子育て親では親子の信頼関係づくりができません。
(19) われわれの心が親の子育ての影響を受けて自我意識を作り、自分をつくります。
それが意識の仮の焦点になり、その自分を本当の自分と錯覚します。
そして、理想我(「あるべき私」)にしばられます。
自我意識は分離意識であり、それをよりどころにしようとするため、強い恐怖が発生します。
(20) うまくいかないことがつづき、苦しんでいても、心は勇気づけてくれるのではなく、ますます否定的に考えつづけ、心の闇にひきずり込もうとします。
ときには「死んだほうがまし」とか、「死ぬしかない」とか、自分を破壊するようなことをすすめてきます。
心が自分の味方ではないのです。
しかし、自分にとって心は自分を生み出した親のようなものですから、心が変なことを言ってきても、耳を傾けてしまいます。
そのような心との付き合い方が生き方の大事な実践練習になります。
心に振り回されなくすることが心のコントロール、セルフコントロールです。
心は道具であり、上手に使えば、役に立ちます。
(21) 親が自分に暖かくなり、子どもにも暖かく、あるがままの子供を受け入れるようになると、こじれた親子関係がよくなってきます。
「こころ」というとき、心的エネルギーと無条件の愛エネルギーが含まれています。
愛エネルギーが生命の核であるエネルギーです。
それはわれわれの中に宿っている魂が働くエネルギーです。
この社会は敗戦後、唯物的になり、無条件の愛を見失ってきたのです。
(22) 本人さんも親の方も、人間はすべてその本質は分霊ナスの、苦しい状況のなかでも気持ちを建て直し、立ち上がることでその魂(真我)からプラスエネルギーがあらわれるのです。
それを妨害するのが、闇をかかえた心の否定的なはたらきです。
(23) 「魂」という言葉に頭から反発する人はとても多かったのです。
しかし、時代により意識の変化が起こり出しており、対外試合をするスポーツの選手や監督が「大和魂」と言うようになっています。
ことに、東北の大災害のなかで東北の人たちは暴動を起こさず、助け合って立ち上がろうと協力し、それが世界から賞賛されました。
たくさんの家族を失った人たちの死者との共生という体験もありました。
そのことによって神様に手を合わせるような意識へ日本人の意識は変化しだしてきました。
(24) 東大医学部の教授であり、東大病院で治療にあたっている矢作直樹医博はまっこうから魂に向き合った著書をつぎつぎと出版しています。
医療現場で物質主義的な治療とともに、精神的なケアの必要性に直面しているからです。
日常的に患者さんの死という事実があり、「死とは何か」、「生とは何か」が宗教よりもっと根底の生きることそのことのスピリアリティに目に向けることになります。
(25) われわれは生まれるときに記憶を封印されてこの世界にやってきました。ここは魂の修行場です。
つらいこと、苦しいこと、困難なことなどに出会って当然です。
考えつづけるだけでは、ますます。
心の闇に入っていきます。
それは精神科の薬物療法で解決できません。
それなのに、現実には何十年と薬を飲みつづけてきた人はいっぱいいます。
牛久東洋医学クリニック院長、内科医・内海聡さんの著書は勇気ある、精神科医学の告発です。
少しずつでも困難を乗り越える実践を積み重ねると、自分のなかからプラスエネルギーがあらわれてきます。
それが修行です。
この啓発から間もなく、向精神薬依存が急増し、覚醒剤依存つぐ、薬物依存となったことが報道されました(「毎日新聞13年2 月22 日」)。
(26) 大阪市立桜宮高校でバスケットボール部顧問の男性教諭から常態的に体罰を受けたキャプテンの男子生徒が2012 年11 月に自殺しました。
さらに、女子柔道の国内トップ選手が全日本女子の園田隆二監督やコーチの暴力を2012 年11 月下旬、集団で告発しました。
極端な暴力で5人の死者を出したのは戸塚ヨットスクールの戸塚宏氏でした。
同氏は、これは訓練、教育、治療のためと強弁し、裁判は一審無罪、二審で懲役6年の軽い罪になりました。
根性論をよりどころにしていたのでしょう。
しかし、いくら理由づけしても、「体罰は暴力であり、虐待であるからいけない」ということを説明します。
00年施行の、親などの保護者から18歳未満の子どもへの暴力を禁じた児童虐待防止法はありますが、親による虐待死亡事件は増え続けています。
敗戦前は「体罰当然」の社会でした。
敗戦後の社会は体罰容認だったといえます。
体罰が起こるのは、人間関係が強者と弱者の支配・服従関係になっている場合です。
社会的強者と社会的弱者、親と子ども、教師と生徒、スポーツの監督と選手などの関係です。
その背景は力を中心とする社会があるということがあります。
強者は体罰によって弱者を恐怖に陥れ、強者の押し付けに従わせようとします。
体罰は暴力、暴言であり、体罰をする側は、怒り、不安、恐れなどの否定的感情をコントロールできない、精神的に未熟な人たちです。
親が子どもに体罰をすることは虐待であり、ほかの場合も同様であり、それぞれエスカレートすると、死亡事件にいたります。
相撲部屋でも死亡事件が起きました。
これを国家レベルでいえば、アメリカの軍隊が70年近く日本の占領をつづけ、日本をアメリカの属国として、支配しています。
その支配はマッカーサーのころと異なり、表面に出ないで、従来の日本の国家機関によって支配しています。
つまり、われわれ日本国民は憲法では日本国家の主者でありながら、アメリカの支配と、この支配に従う、政・官・財・マスコミの利益癒者勢力による支配の二重支配を受けています。
たとえば、アメリカの気に入らない政治家に対しては、体罰ではなく、もっと手の込んだ手段で政治生命を抹消しようとします。
その典型例は政治家の小沢一郎さんです。
小沢一郎さんはアメリカに対して日本を対当の独立国家にしようとした、日本では希有の政治家です。
東京地検特捜部は金銭疑惑があると、インチキ犯罪をでっち上げて小沢一郎さんを身動きできないようにし、マスコミはいかにも犯罪があったかのような情報を流し続けました。
東京地検特捜部は進駐軍が隠退蔵物資摘発のためにつくった、アメリカの下部機関です。
マスコミは戦時中もインチキ情報を流しましたが、戦後もインチキ情報を流し続けてきました。
小沢一郎さんの無罪判決が確定した時、マスコミは当然謝罪すべきなのに、それはしないだけではなく、いまだに小沢一郎さんのマイナス情報を流そうとし続けています。
人間関係はそれぞれを尊重しあう、対等の信頼関係が必要です。
親にとって子どもは自分の所有物ではなく、対等の人間同士であり、親と子という役割の違いがあるだけです。
教育の場でも、教師と生徒との信頼関係づくりが必要ですが、親が子どもとの信頼関係づくりがうまくできないように、教師も信頼関係づくりがうまくやれていないのです。
スポーツでも同様です。
監督と選手の信頼関係がつくられるから、選手はすばらしい能力を発揮できるようになります。
プロ野球の元投手、桑田真澄さん(44)は共同通信のインタビューに、[(子供が絶対服従だから体罰をする。一番ひきょうなやり方で、自立心を奪う)と否定している。 …体罰を受けた子どもは「殴られないためにどうしたらよいか」とその場しのぎのことを考えるだけだ。
…スポーツには体力と技術力を精神力が必要であって、根性では勝てない。]と述べています(「毎日新聞」13 年1 月12 日)。
体罰によって選手や子どもの気持ちは傷つきますが、それにもかかわらず、自身の精神力をふるい立たせることによって強くなることにあると理解できます。
「すべての体罰はやってはいけないのです。」
ここまでの体罰はよくて、ここからはいけないという境界はありません。
1 回ごとの体罰はそれほどひどくなくても積み重なると、被害者は大きな心的外傷を与えることになります。
体罰に関連して学校でのいじめの問題があります。
いじめによる自殺も繰り返されていきました。
大人社会にもいじめはあります。
学校での同級生は対等の仲間であるはずですが、力の強い側と力の弱い側に分かれ、強い側が暴力、暴言、無視などの手段で弱い側を支配し、追いつめていきます。
刑事事件になる場合もあります。
力中心の大人社会の影響があります。
体罰による自殺事件やいじめによる自殺事件があると、共通して学校側、教育委員会側はまず責任逃れの行動を見せます。
そんなことで学校教育は大丈夫なのでしょうか。
日本の将来は子どもの人づくりにかかっています。
親の子育ても子どもの人づくりの基盤ですが、それについで子どもの人間形成に影響を与えるのは学校教育です。
教育現場では、親と同様、子どもに教師の期待を押しつけることを教育と思っているのではないでしょうか。
教師の無条件の愛を伝えることは重視されていないのではないでしょうか。
教師の無条件の愛を伝えることは重視されていないのではないでしょうか。
量子物理学の現在なのに、古い、唯物科学を信じ込んだままではないでしょうか。
教師の家庭の子どもの不登校の発生率は高いですし、ことに、校長などの役職者や両親とも教師であると、その発生率は高まります。
参考図書:
矢作直樹 『人は死なない』(バジリコ株式会社)
矢作直樹・中健次郎 『人は死なないのでは、どうする?』(マキノ出版)
矢作直樹・坂本政直 『死ぬ事が怖くなくなるたったひとつの方法』(徳間書店)
矢作直樹・村上政雄 『神(サムシング・グレート)と見えない世界』(祥伝社新書)
内海聡書・めんどうーさマンガ 『大笑い!精神医学』(三五館)
係崎 享 『戦後史の正体』(創元社)
係崎 享 『アメリカに消された政治家たち』(小学館)
菅沼光弘 『この国はいつから米中の奴隷国家になったのか』(徳間書店)
池田整治 『超マインドコントロール』(マガジンハウス)
森ゆうこ 『検察の罠』(文芸者)
郷原信郎 『検察崩壊』(毎日新聞社)
植草一秀 『日本の独立日」(飛鳥所者)
藤井 聡 『維新革命の正体』(産経新聞出版)
岡崎公彦 『がんの特効薬は発見済みだ!』(たま出版)
古賀茂明 『日本中枢の崩壊』(講談社)
山脇由紀子 『教室の悪魔』(株式会社ポプラ社)
飛鳥昭雄 『2013年「超」世界恐慌』(ヒカルランド)
中丸薫・飛鳥昭雄 『ユダヤと天皇家の極秘情報と闇の権力』(文芸者)
安保 徹 『免疫革命』(講談社インターナショナル)
前川哲治 『「閉じこもり」から抜け出すには』(創元社)
平成25 年3 月25 日 改定