岡嶋裕史『大学教授、発達障害の子を育てる』
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文/藤沢緑彩<br> | 文/藤沢緑彩<br> | ||
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2023年5月5日 (金) 11:17時点における最新版
岡嶋裕史『大学教授、発達障害の子を育てる』
いじめのリスクありでも何とかなる!発達障害のコミュニケーション術 ☆
「なんだか周りの人のようにうまくやれない」「人とものの見方が違う」「生きるのがしんどい」。
違和感を抱えながら生きてきた大学教授のもとに生まれた子どもは、発達障害だった!
自分もその傾向があった父親は時に悩み苦しみ、そして開き直りながら、障害と付き合う生き方を模索していく――。
発達障害親子のユニークな日常奮闘記『大学教授、発達障害の子を育てる』(光文社新書)を紹介します。
発達障害と恋愛の相性
発達障害親子のユニークな日常奮闘記
本書の著者・岡嶋裕史さんの息子は発達障害の一つである自閉症スペクトラム障害だ。
自身も発達障害の傾向を持つ岡嶋さんは、自閉症スペクトラム障害はコミュニケーションが苦手なことが特徴だと言う。
その特徴のわかりやすい例として、次のような会話のやりとりを挙げている。
“「おなべを見ておいて」
「わかった」
一見スムーズな会話である。しかし鍋は吹くのである。
「見ておいてって言ったじゃん!」
「だから、見てたよ」”
言葉通りただ見るだけしかしなかったというオチである。
「おなべを見ておいて」という言葉には、鍋をただ見るだけではなく吹きこぼれたりしないように火加減を見ておいて欲しいという意味も含まれている。
「見ておいて」と言われたから見ていただけと言えば、確かに間違ってはいないのだが、噛み合っていない。
自閉症スペクトラム障害にとって、言葉の外にある意図を読み取ることは難しいのだ。
岡嶋さん自身、暗黙の了解や仄めかし、視線のやり取りが理解できず苦労した。
余計な質問をはさんでその場を白けさせたり、訳も分からず周囲から取り残されることがしばしばあったそう。
加えて、他人に興味や視点がいかないことも特徴の一つだ。
人に対してよりも、自分の興味のあることや好きなものに意識がいきがちになる。
だからこそ、自閉症の子はモテないと岡嶋さんは言う。
コミュニケーション下手だから、コミュニケーションの極致である恋愛とは相性が悪いのだ。
岡嶋さんの息子も、好きなクモの話になるとコミュニケーションどころでなくなってしまう。
“ちょっとした会話の弾みで「セアカゴケグモが……」とでも言ってしまおうものなら(しまったと思ったときには、もう遅いのだ)、「節足動物門クモ網クモ目ヒメグモ科のセアカゴケグモだよね? メスはオスの2倍あって、特定外来生物で……」と30分は聞かされる羽目になる。
そんな相手とはデートどころか朝の挨拶だってしたくはないだろう。”
今、求められるコミュニケーション能力
とは言え、コミュニケーション下手だからとモテなくたって何の問題もない。
それよりも問題なのは、社会全体において、今までになくコミュニケーション能力が求められる時代になっていることだと岡嶋さんは言う。
以前は、久しぶりに会う親戚には、「ご結婚はまだですか?」などと言っておけばよかった。秒でひねり出せる定型文である。
しかし、今そんなことを言えば、まごうことなきセクハラでありパワハラでありモラハラでもあるだろう。
現時点で、誰も傷つけない発言をするためには、自らの能力を集結し、相手の思想信条・性癖・コンプレックス・社会的地位・収入・家族構成などから最善の一手を導き出す必要がある。
密度の高い地雷原を歩くようなものだ。”
社会の成員が同じような価値観を持つ時代は過ぎた。
今や結婚はしてもしなくてもいいし、その相手が異性でなくたって、あるいは人でなくたっていい。
子どもを持つこと、家を買うこと、働くこと、すべてが個人の選択の自由にゆだねられている。
こうしたポストモダン的な社会では「みんな違って、みんないい」がスローガンだ。
それなら発達障害を持っていても生きやすそうではあるが、実際は違う。
自閉傾向がある場合、多種多様なシチュエーションに配慮し適切なコミュニケーション方法を選び取ることは容易ではない。
コミュニケーション能力が必然的に求められる社会では、遅れを足らざるを得ないのだ。
発達障害が持ついじめのリスクを乗り越える方法
そのため、自閉傾向の子といじめは深い関係にあると岡嶋さんは言う。
コミュニケーション能力が重視される中では、その能力が高いか低いかで序列が決まる。
それは学校のクラスであっても同じことで、コミュニケーション能力の低い子が「いじめられるキャラ」というスクールカーストの底辺の席に割り振られてしまうというのだ。
岡嶋さんは、こうしたいじめのリスクに対して、あるユニークな方法を提案する。
自閉傾向の子特有の人の気持ちに気づかない特性を逆手に取って、いじめに無反応をきめこむことだ。
“たとえば、ぼくが新入社員のときチームでお茶に行って、ぼくのアイスコーヒーだけストローがちょうちょ結びされて、飲めないようになっていたことがある。
確かにすすっても全然コーヒーが入ってこないのだが、ぼくは「まあ、そんなこともあるかもしれない」と放っておいた。
するとまわりの人に、「それ飲めてるの?」と聞かれ、「いや、全然ですね」と答えたら、実に残念そうな視線が集中した。”
意識してやっていたわけではないし、万人におすすめできる方法ではないものの、この岡嶋さんの鈍感ぶりは、先輩方の「ちょっと変な新人をいじってやろう」という気をそぐ結果になったという。
ほかに岡嶋さんがすすめるのが「キャバクラトーク」だ。
キャバクラトークとは、人との会話が面倒な岡嶋さんができるだけ早く話を切り上げるために習得した会話術である。
その肝は、早急に相手に気持ちよくなっていただくこと。
相手にしゃべりたいようにしゃべらせ、話を遮らない。それでいて、「すごいですね!」「勉強になりました!」「わっ、大きい!」などと誉めそやしてみる。
意思疎通もへったくれもない客あしらいのキャバクラトークだが、岡嶋さんはこれが功を奏して「コミュニケーションが上手い」と言われたことすらあるらしい。
人の気持ちが分からず、他人と関わることに興味があまり持てない岡嶋さんでも、こうした工夫次第でなんとかなる。コミュニケーションに難を抱えながらもやり過ごして生き抜いてきた岡嶋さんの知恵とユーモアは、きっとあなたにも役立つはずだ。
『大学教授、発達障害の子を育てる』 岡嶋裕史/著
文/藤沢緑彩
〔2021年5/14(金) 本がすき。〕