カスタム検索(不登校情報センターの全サイト内から検索)

 
Clip to Evernote  Twitterボタン  AtomFeed  このエントリーをはてなブックマークに追加  


山田ルイ53世

提供: 不登校ウィキ・WikiFutoko | 不登校情報センター
(版間での差分)
移動: 案内, 検索
 
(1人の利用者による、間の5版が非表示)
2行: 2行:
  
 
==山田ルイ53世==
 
==山田ルイ53世==
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
+
'''「神童」から「ひきこもり」へ! お笑い芸人・山田ルイ53世の学校観'''<br>
ページ名[[山田ルイ53世]]、(人物紹介、ひきこもり経験者) <br>
+
漫才コンビ「髭男爵」の山田ルイ53世さんは、8歳と1歳8ヵ月の姉妹の父。<br>
'''山田ルイ53世 夏休み明けにひきこもった僕。しんどかったらひと休みしていい'''<br>
+
「一発屋」を称していますが、近年はその文才が注目され、執筆やコメンテーターの仕事も増えています。<br>
山田ルイ53世さんは、小学生の頃から頭脳明晰、運動神経抜群で「神童」と呼ばれていたにもかかわらず、なぜ6年もの間、ひきこもりの生活を送ることになったのでしょうか。<br>
+
代表作の1つ『ひきこもり漂流記』では、「神童」と言われ有名私立中学に入学したものの、2年生の夏以降6年間ひきこもったご自身の経験を明かし評判を呼びました。<br>
父親になった今だからこそ感じることもあると言います。(構成=山田真理 撮影=本社写真部)<br>
+
決して楽しい学校生活を送ったわけではない山田さんは今、自分の子どもを学校に通わせる立場になって教育や学校についてどう考えているのでしょうか。<br>
◆ある日、プツンと糸が切れて<br>
+
'''子どものうんこが気になる'''<br><br>
僕がひきこもりになったのは、中学2年生の夏。<br>
+
―ご自身はひきこもりを経験されています。<br>
関西でそこそこ名の知れた中高一貫の進学校に通っていたのですが、登校途中に「大」のほうを粗相してしまい、<br>
+
保護者として、娘さんにとって学校はどんな場所であってほしいですか。<br>
それをクラスメイトに知られた(と僕は思っていた)のがきっかけでした。<br>
+
僕がひきこもったのは、中学2年生のときでした。<br>
コミュニケーションのうまいやつなら、「あ、臭う? 実はウンコもらしてん」と笑ってしまえたのかもしれませんが、<br>
+
詳しいことは『ひきこもり漂流記』に書きましたが、私立中学入学後、毎朝5時起きで満員電車に2時間揺られ授業を受けて部活もやり、帰宅後には大量の宿題をこなすというかなりハードな日々を送っていました。<br>
僕はずっと優等生キャラだったので、プライドが邪魔をしてピエロを演じられなかったんです。<br>
+
正直しんどかったのですが、成績は上位でサッカー部でもレギュラーを獲得するなど、「優等生の山田君」という周囲の目が気持ちよく苦にならなかった。<br>
そこで何か、自分の中でプツンと糸が切れたというか。<br>
+
そんなある朝、降車駅から学校までの道のりでうんこをもらしてしまったのです。<br>
たぶん、それまですごく無理をしていたんだと思います。<br>
+
幸い誰にも見られず学校のグラウンドのトイレに入り、パンツを洗って固く絞ってまたはきました。<br>
自宅から学校までは電車を乗り継ぎ2時間近くかかるうえ、朝夕のラッシュ時は圧死しそうなほどの混雑ぶり。<br>
+
2時間目の授業までは何ともありませんでした。<br>
林立するサラリーマンの足の間で母親の作ったおにぎりを食べることもありました。<br>
+
しかし、3時間目の授業中に、クラスがざわつき始めた。<br>
部活のサッカーも一生懸命やっていたので、帰宅はいつも夜の8時過ぎ。<br>
+
水洗いしたパンツが夏の暑さで乾いて、匂いが復活。コーヒーの「焙煎」と同じです。<br>
それから宿題や予復習を済ませて、寝るのは日付が変わる頃……。中学生の子どもには明らかに負担が大きかった。<br>
+
4時間目が始まる前、僕は誰にも何も言わずに家に帰りました。<br>
でもこの生活は、誰に強制されたわけでもないんですよ。<br>
+
そして夏休み以降、学校にいけなくなったのです。<br>
小学生時代、児童会長に選ばれるくらい一目置かれていた僕は、自分より地味なタイプの同級生が中学受験をすると聞いて「え、じゃあオレも」と、<br>
+
そのトラウマからか、僕は娘が幼稚園に入ってから小学2年生になる今まで、毎朝「うんこ出た?」と訊き続けてきました。<br>
親に無理を言って受けさせてもらったんです。<br>
+
うちの奥さんもあくまで健康面を把握するためですが「出た?」と尋ねます。<br>
わざわざ電車に乗って私立中学に通っているのは、地元では僕くらい。<br>
+
小さい頃は娘も素直に答えていたのですが、最近は「何で毎朝うんこ出たか訊くの?」とイライラしている。<br>
オレ、すごいやろ? そんなイヤらしい優越感、いや「神童感」が、通学しんどい、勉強しんどい、<br>
+
去年の暮れにはついに怒り出して、僕が訊くと大声で「でーたーよー! かたかったーよー!」と。<br>
同級生の家はみんな金持ちで公務員家庭のわが家との格差がしんどいってことを、なんとかカバーしていたんでしょうね。<br>
+
あれ?ご質問は何でしたっけ?<br>
「ウンコ事件」から間もなく夏休みに入ったのですが、それまでの僕なら1週間くらいで終えているはずの宿題に、まったく手がつけられない。<br>
+
(記者・カメラマン一同爆笑)<br>
サボっている感覚はないんですよ。<br>
+
学校は「できるようになる」でなく「好きになる」場であってほしい<br>
「オレは頭がええから、明日から頑張ればすぐできる」と思っているうちに、明日があさってになり、しあさってになり、気がついたら夏休みの最終日になっていたのです。<br>
+
元ひきこもり芸人 髭男爵・山田ルイ53世さん<br>
始業式の朝、僕はベッドから出られませんでした。<br>
+
―「保護者として、学校はどんな場所であってほしいか」という質問です(笑)。<br>
宿題をせずに学校に行くなど、優等生の自分には考えられないこと。<br>
+
ああ、そうでした。父親は「貴族」ですが、娘に特別な教育を施しているわけではありません。<br>
そのままずるずると不登校になるわけですが、そのときも「明日は行く」「1週間もらったら、宿題なんてちゃちゃっと片づけて復帰しますわ」という感覚でした。<br>
+
ただ唯一心掛けているのは、「世界は君がしたこと、言ったことには反応するんだよ」と伝えるために、娘の言動には絶対にリアクションするということです。<br>
そして3年生になると出席日数が足りず内部進学できないことがわかり、地元の県立高校を受験するもあえなく失敗。<br>
+
芸人として、お客さんが無反応という寂しさは身に染みていますから(笑)。<br>
元の私立校で中3をもう一度やらせてもらうことになったのですが、これも結構な屈辱なんですよ。<br>
+
僕は、学校が「できるようになる」というより、「好きになる」場であってほしいです。<br>
かつての後輩と机を並べることも、同級生が同じ敷地内にある高校にいることも、テストの点が落ちていくことも。<br>
+
そうであれば、娘の成績がよかろうが悪かろうが構いません。<br>
「元・神童」のプライドはズタズタ。<br>
+
勉強は「できる・できない」という“評価”だけではなくて、「好き・嫌い」ということがより大事だと考えるからです。<br>
運動もせずひきこもっていたので、ぶくぶくと太っていきました。<br>
+
僕は子ども時代、格別好きでもないのに「褒められたい」と思うあまり、勉強やスポーツを頑張りました。「パブロフ感」満載。<br>
地元を歩けば、「あの優秀だった順三くんが……」という目で見られる。部屋の中に閉じこもっていても、近くの学校のチャイムや登下校の声が聞こえ、自分だけが普通でいられないつらさ、世間から取り残されていく恐怖に身をすくめていました。<br>
+
結局疲れきって、ひきこもりになり「人生が余ったな~……」とむなしくなった。<br>
◆母との距離感がずっとつかめなかった<br>
+
それは自分を形づくるものが自分の中になく、すべて学校にあったからかなと。<br>
両親にしてみれば、僕がなぜ不登校になったのか、わけがわからなかったと思います。<br>
+
“評価”しかなかった。これは高リスクです。<br>
学校がしんどい様子は家で見せていなかったし、夏休みも「いつも通り宿題もやってますけど?」という顔で過ごしてきたのが、いきなりベッドから出てこなくなったわけですから。<br>お笑いでいえば、何の前フリもなく強烈なボケだけかますようなもので。(笑)<br>
+
ですから、教師を志望される読者の皆さんには、子どもの「好き」を引き出してほしいです。<br>
特に父の狼狽(ろうばい)ぶりはものすごく、始業式に起きてこない僕の脇腹にドロップキックをくらわすくらい激怒しました。<br>
+
教員養成課程にも「好きをつくる」を入れてほしいくらいです。<br>
税関職員という職業柄、非常に堅物で家でも絶対的な存在。<br>
+
娘のことに話を戻せば、奥さんは娘が宿題を放り出そうとすると怒るのですが、僕はそれも不毛だと思っています。<br>
そんな父に対して僕は家族で一番従順だったし、機嫌がよくなるツボを押さえてふるまうのが得意でした。<br>
+
勉強が嫌いになったら意味がありませんから。<br>
父は「高卒」という学歴にコンプレックスを抱えていたのかもしれない。<br>
+
'''「ハードル」をくぐって生きる'''<br>
僕が有名中学に合格したのも自慢だったはずです。<br>
+
―昨年はコロナ禍による学校の臨時休業もありました。<br>
そんな“できた息子”が、何の予兆もなく不登校という形で抵抗したのですから、パニックになるのも当然だったと思います。<br>
+
休業で教師という存在について、改めて考えたことはありますか。<br>
毎朝、父がベッドから僕を引きずり出そうと格闘するのに疲れて勤めに出てしまうと、次に始まるのが母親の嫌み攻撃です。<br>
+
休業中は、僕と奥さんが先生役で、時間割をつくって勉強するという学校コントをしました。<br>
「ええご身分やねえ。高い授業料払(はろ)てんのに学校にも行かんと、何様のつもり?」と、ねちねち。<br>
+
そこで感じたのは、先生の役割がとても多いということです。<br>
しかも的を射た皮肉を全力でぶつけてくる。<br>
+
勉強を教えるだけなく、健康や心の状態の確認から、食事の指導まであります。<br>
父と違い、母とは昔から折り合いが悪かった。<br>
+
しかも、本当の教室では30人以上の子どもがいるわけです。<br>
母との距離感がずっとつかめないままだったんです。<br>
+
さらに専門家でもないのに、かつての僕のような不登校の子どもの対応もあります。<br>
僕にはそれぞれ5歳違いの兄と弟がいて、2人は母親派、僕が父親派という勢力図が、物心がつく頃にはできあがっていました。<br>
+
僕が気になるのは、学校も含めた世間一般での「美談の常態化」です。<br>
幼稚園の頃、家に遊びに来た友だちに出したポテトチップスを、まだ赤ん坊だった弟にヨダレまみれにされ、台無しにされたことがあって。<br>
+
「川で溺れている子犬を助けるのは当然」になってきている気がする。<br>
強く叱りつけた僕を、母親が割り箸を持った手でバチーンと叩いたのです。<br>
+
例えば教師なら人格がすぐれていて当然という「徳」のハードルがあります。<br>
僕は「目を突かれる!」と、ものすごい恐怖を感じたのを今も覚えています。(笑)<br>
+
「金八先生」や「GTO」のお陰で、「熱血で当たり前」というハードルもあります。<br>
兄はというと、厳しい父に反発し、僕が中学に上がる頃には地方都市によくいるヤンキーに。<br>
+
僕はテレビのコメンテーターとしても言ったことがありますが、先生は勉強を教える以外に何でもかんでもやろうとしなくていいと思います。<br>
母は、兄が高校卒業後に家を飛び出して本格的に不良になっても、かばい続けました。<br>
+
世間は「夢を与える」「内面まで成長させる」ような先生をもてはやしますが、そういうアプローチがしんどい子どももいます。<br>
あるときふらりと家に戻った兄がひきこもっていた僕とケンカになり、僕がボコボコに殴られ血まみれになっても兄の肩を持つ。<br>
+
「平熱先生」がいたっていいはずです。ハードルを越えずにくぐることを教えてもいい。<br>
そんな母を見て、諦めに似た感覚を覚えましたね。<br>
+
'''学校は大事だけどすべてではない'''<br>
でも今になって考えると、学校にも行かず、昼夜逆転の生活で夜中に冷蔵庫をあさってはぶくぶくと太り、さらには服を着るのも面倒だからとパンツ一丁で家の中をうろついている息子と常に顔をつき合わせているのは、専業主婦だった母からすればきつかったと思います。<br>
+
山田ルイ53世さんが推薦文を寄せた『ひきこもり国語辞典』(時事通信社・刊)<br>
相当のストレスだったでしょう。<br>
+
ー「平熱」の先生に子どもたちは付いてきますか?<br>
ひきこもっている間には、両親が不登校の子を持つ親の集まりに行ったのか、あまりうるさく言わず見守る態度に変わった時期もありましたし、<br>
+
僕は付いてくると思います。僕が言うのも何ですが、過剰なキャラ付けは必要ない。<br>
ひきこもりが3年、4年と長引くなかで「自立しろ」と言われ、実家近くのアパートで一人暮らしをしたこともありましたね。<br>
+
そもそも子どもに「刺さる」言葉なんて、そんなに吐けるものではないですよ。<br>
「働かざる者食うべからず」という父の方針でコンビニのアルバイトもしましたが、店内に流れるJポップの歌詞が、当時の僕には地獄の苦しみ。<br>
+
「何にでもなれる!」と言う先生がいましたが、それが現実ではないことは子ども心に知っていました。<br>
「前向きにがんばりましょう」「きっとあなたにしかできないことがある」みたいなキラキラしたメッセージにさらされると、学歴社会から外れ、何者にもなれない自分はどれだけ無価値なんだと、自己嫌悪に襲われるのです。<br>
+
僕も若い頃は「マイク一本で天下とる」と意気込んでいましたが、いつの間にかシルクハットかぶる奇妙な漫才師に(笑)。<br>
結局、何をしてもひきこもりから抜け出すことはできませんでした。<br>
+
「自分をあきらめる」という選択をした結果、それなりに食えるようになりました。<br>
◆親自身の人生は犠牲にしてほしくない<br>
+
同じように大多数の先生も、人格高潔で子どもを魅了する「スーパーティーチャー」にはなれないでしょう。<br>
転機が訪れたのは、20歳になる少し前。<br>
+
読者の皆さんが晴れて教員採用試験に合格したとしても、翌日から急に徳が上がるわけでも熱血漢になれるわけでもありませんよね。
職場での浮気がバレて左遷された父と、母に実家を追い出された僕とで、瀬戸内海の小島で暮らしていた頃でした。<br>
+
世間一般の教師像と自分にギャップがあっても、苦しむ必要はありません。<br>
テレビで成人式のニュースを見て、突如として「このままでは同世代の人間から完全に置いていかれる」と焦ったんです。<br>
+
漫才師にもいろんなスタイルの芸があるように、先生も多様でいいと思います。<br>
それから必死に勉強して大検を取り、四国にある国立大学へもぐりこみました。<br>
+
学校は大事ですが、すべてではない。行かなくても貴族くらいにはなれます(笑)。<br>
しかしその大学も、芸人をめざして東京へ出るときに、あっさり中退してしまうのですが。(笑)<br>
+
ですから「先生は聖職だ」とハードル上げる必要はないですよ。
その後、お笑い芸人になり、コンビ「髭男爵」としてテレビに出られるようになるまでも、社会からはドロップアウトしたようなもの。<br>
+
'''山田ルイ53世'''<br>
親としては、相変わらず「どうなってんねん」という気持ちだったでしょう。<br>
+
お笑いコンビ・髭男爵のツッコミ担当。兵庫県出身。<br>
今、僕が改めて思うのは、「ひきこもりは、こうすれば解決する」という正解は、たぶんどこにもないということ。<br>
+
地元の有名私立学校・六甲学院中学校に進学するも2年生でひきこもりに。<br>
親にしてみても自分たちが知ることのできる範囲、考えられる範囲で、そのときわが子に良かれと思うことを、やれる範囲でやるしかないのではないでしょうか。<br>
+
大検を経て愛媛大学法文学部に入学も中退。<br>
両親の僕への言葉も態度も、寄り添うようなものではなかったですし、ふるまい方はどちらかというと下手ではあったけれど、悪ではなかった。<br>
+
上京し芸人となる。著書に『ひきこもり漂流記』(新潮社)、『一発屋芸人列伝』(角川文庫)、『パパが貴族』(双葉社)など。<br>
もっとああしてくれればと、恨む気持ちもありません。<br>
+
*『月刊教員養成セミナー 2021年5月号』より<br>
問題を抱えた子どもにうまく寄り添えないからといって、僕は親が悪いとは思わない。<br>
+
〔2021年4/9(金) 教員養成セミナー〕 <br>
子どもって自分の人生が始まったばかりでキラキラしているぶん、大人の人生を「もう終わりかけ」と軽視しがちじゃないですか。<br>
+
しかし自分も人の親になり、あの頃の両親の年齢に近づいて思うのは、親には親の人生があり、毎日を愉快に過ごしたいと考えて当然だということでした。<br>
+
だから僕は、もし子どもがひきこもりになっても、お母さんには仕事や、趣味のテニスサークルや陶芸教室をやめないでほしい。<br>
+
子どものために親が人生を犠牲にすると、家の空気が沈んでしまいます。<br>
+
それは子どもにも影響するし、そこまでしたって事態が好転しない可能性もある。<br>
+
ひきこもりの子どもがいるとなると、世の中は「家族で解決すべき問題」という空気になります。<br>
+
これはしんどいです。親だって、絶望的な気持ちになるんじゃないですか。<br>
+
一つだけ言えるとしたら、ひきこもりは結局、お金の問題が大きいということ。<br>
+
ひきこもったままで、何年生きていけるか。<br>
+
親がいる間は年金で生活を維持できても、死んだらどうなるか。<br>
+
親としても、たまには美味しいものも食べたいし、友だちにも会いたい。<br>
+
そういうお金も含めて計算して、「あなたがひきこもれるのは、あと何年です」と説明したらいいと思いますね。<br>
+
僕が自分の経験を『ヒキコモリ漂流記』という本に書いたのは、学校や仕事で悩んでいる若い人に、「ひきこもると、こんなに面倒くさいで」と伝えるためでした。<br>
+
こうした取材でよく、「ひきこもっていた時間も貴重な経験では?」と聞かれますが、僕は完全に無駄だったと思う。<br>
+
やっぱりその6年間、友だちと遊んだり勉強したり、花火やバーベキューをしたほうが絶対によかった。<br>
+
コンビニで流れるJポップじゃないのだから、何でもかんでも意味がある、あなたの経験には唯一無二の価値があると言い過ぎるのも、どうなんでしょう。<br>
+
無駄を無駄として放っておいてくれないのは、何もできない、何もしていない人を許してくれない社会の風潮にもつながる気がして、しんどいなあと思います。<br>
+
◆学校のバッグなんて自由に持たせたらいい<br>
+
この春、長女が小学校に上がります。<br>
+
娘にはごく普通に、お友だちと仲良くして、みんなに溶け込むエキストラのようであってほしい。<br>
+
僕自身が常に「何者かにならねば」という思いに苛まれてきたぶん、娘には穏やかな人生を歩んでもらえたら嬉しいのです。<br>
+
もしある程度の年齢になって、好きなことや得意なことを見つけ、自分から集団を飛び出したくなったら、どうぞご自由に、と思います。<br>
+
僕はそれを見守るだけです。<br>
+
先日、ランドセルも届きました。<br>
+
最近は「ラン活」と言って、ずいぶん早いうちから選ぶんですね。<br>
+
表の革、裏地に留め具まで、組み合わせが380万通りもあるというんで驚きました。<br>
+
全国の1年生を合わせても、そんなにおらんでしょう。(笑)<br>
+
それにランドセルにそれだけバリエーションを持たせるなら、リュックやらショルダーバッグやら、おのおの自由に持たせたらええのに、と思うんです。<br>
+
「自由に選べる」と言いながらあくまでランドセルという規定はある、というのがなんとも日本的ですよね。<br>
+
そこを限定されたうえで「無限大の可能性」をつきつけられても、正直困ってしまいますよ。<br>
+
そもそも不登校やひきこもりが生まれるのも、中学と高校が3年ずつ、20歳前後までに大学に入って新卒で入社という暗黙のルールがあり、それを外れるダメージを恐れているせいかもしれません。<br>
+
しんどかったらひと休みして、数年間ひきこもる人がいてもいいではないですか。<br>
+
何度もリセットして自分の人生を探せるような世の中になっていけば、子育てはもっと気楽で面白いものになるんじゃないでしょうか。<br>
+
〔2019年9/6(金) 婦人公論.jp(構成=山田真理、撮影=本社写真部)〕 <br>
+
  
【山田ルイ53世のお悩み相談】引きこもりだった過去のせいで若く見られるのではと不安です。<br>
 
<お悩み>凄く若く見られる事が悩みです。<br>
 
初対面の方には20歳そこそこの大学生に思われていて、年齢を言うと驚かれる(引かれ気味)ので、年齢を言うのが恥ずかしいです。<br>
 
私は見た目が小柄で華奢というのもコンプレックスなのですが、中学、高校と7年間不登校引きこもりをしていた経験もあるので、実年齢に精神面が追いついていないのだと不安になります。<br>
 
周囲からはどうでも良い悩みだとよく言われます。<br>
 
どうしたら、この劣等感から抜け出せますか?<br>
 
(ぽろぽろ/女性/31歳、パート主婦。子どもはいません)<br>
 
 
'''山田ルイ53世さんの回答'''<br>
 
これはよく分かります。<br>
 
僕は中学2年生から6年間引きこもっていました。<br>
 
あくまで“自分は”ということですが、あの時間は無駄だった、学校に通って友達と遊んだり、勉強や部活に励んだりした方が充実していたのになと後悔しています。
 
同世代の人間と比べて6年分の経験値を貯め損ねたコンプレックスは厄介ですが、とは言え、特に不便もありません。<br>
 
RPGゲームで言えば、開けていない宝箱、話しかけていない村人など取りこぼしはあるけれども、一応ゲーム進行には差し支えない……そんなところです。<br>
 
引きこもっていた期間を、実年齢から引いてみるのはどうでしょう。<br>
 
僕は現在44歳。<br>
 
なので、6つサバを読んで38歳だと思って生活しています。<br>
 
もしぽろぽろさんが、「あの7年は無駄だったな……」、「実年齢に精神年齢が追い付いていないのかな……」と苛まれているのであれば、その年月をわざわざカウントする必要など無い。<br>
 
「私は24歳だ!」<br>
 
と思い込む、そう決めてしまうのです。<br>
 
「自分に嘘は付けない!」などと言う方もいますが、大丈夫……自分のことは結構簡単に騙せます。<br>
 
劣等感にせよ優越感にせよ、ベクトルが違うだけで根っこは同じ。<br>
 
誰かと比べることから生まれる感情です。<br>
 
そして、「人の目ばかり気にして生きる」というのは、「スマホをいじりながら車を運転する」ようなもので非常に危険です。<br>
 
そんなリスキーな行為を器用にこなすには、かなりの才能、能力が必要。<br>
 
しんどい、辛いということは、そういう力が相談者には無いということに他なりません。<br>
 
自分には無理だと諦めて、とっとと我がことだけに集中しましょう。<br>
 
結局、それが一番、人生のコストパフォーマンスが良くなる方法だと思います。<br>
 
山田ルイ53世●お笑いコンビ、髭男爵のツッコミ担当。本名、山田順三。<br>
 
幼い頃から秀才で兵庫県の名門中学に進学するも、引きこもりとなり、大検合格を経て愛媛大学に進学。<br>
 
その後中退し、芸人へ。著書に『ヒキコモリ漂流記』(マガジンハウス)、『一発屋芸人列伝』(新潮社)、近著に『一発屋芸人の不本意な日常』(朝日新聞出版)。<br>
 
〔2019年5/1(水) クロワッサンオンライン〕 <br>
 
  
 
[[Category:個人ワーカー|やまだるい53せい]]  
 
[[Category:個人ワーカー|やまだるい53せい]]  
 
[[Category:ひきこもりの経験者|やまだるい53せい]]
 
[[Category:ひきこもりの経験者|やまだるい53せい]]
[[Category:クロワッサン|やまだるい53せい]]
+
[[Category:教員養成セミナー|やまだるい53せい]]

2022年1月3日 (月) 11:42時点における最新版

山田ルイ53世

「神童」から「ひきこもり」へ! お笑い芸人・山田ルイ53世の学校観
漫才コンビ「髭男爵」の山田ルイ53世さんは、8歳と1歳8ヵ月の姉妹の父。
「一発屋」を称していますが、近年はその文才が注目され、執筆やコメンテーターの仕事も増えています。
代表作の1つ『ひきこもり漂流記』では、「神童」と言われ有名私立中学に入学したものの、2年生の夏以降6年間ひきこもったご自身の経験を明かし評判を呼びました。
決して楽しい学校生活を送ったわけではない山田さんは今、自分の子どもを学校に通わせる立場になって教育や学校についてどう考えているのでしょうか。
子どものうんこが気になる

―ご自身はひきこもりを経験されています。
保護者として、娘さんにとって学校はどんな場所であってほしいですか。
僕がひきこもったのは、中学2年生のときでした。
詳しいことは『ひきこもり漂流記』に書きましたが、私立中学入学後、毎朝5時起きで満員電車に2時間揺られ授業を受けて部活もやり、帰宅後には大量の宿題をこなすというかなりハードな日々を送っていました。
正直しんどかったのですが、成績は上位でサッカー部でもレギュラーを獲得するなど、「優等生の山田君」という周囲の目が気持ちよく苦にならなかった。
そんなある朝、降車駅から学校までの道のりでうんこをもらしてしまったのです。
幸い誰にも見られず学校のグラウンドのトイレに入り、パンツを洗って固く絞ってまたはきました。
2時間目の授業までは何ともありませんでした。
しかし、3時間目の授業中に、クラスがざわつき始めた。
水洗いしたパンツが夏の暑さで乾いて、匂いが復活。コーヒーの「焙煎」と同じです。
4時間目が始まる前、僕は誰にも何も言わずに家に帰りました。
そして夏休み以降、学校にいけなくなったのです。
そのトラウマからか、僕は娘が幼稚園に入ってから小学2年生になる今まで、毎朝「うんこ出た?」と訊き続けてきました。
うちの奥さんもあくまで健康面を把握するためですが「出た?」と尋ねます。
小さい頃は娘も素直に答えていたのですが、最近は「何で毎朝うんこ出たか訊くの?」とイライラしている。
去年の暮れにはついに怒り出して、僕が訊くと大声で「でーたーよー! かたかったーよー!」と。
あれ?ご質問は何でしたっけ?
(記者・カメラマン一同爆笑)
学校は「できるようになる」でなく「好きになる」場であってほしい
元ひきこもり芸人 髭男爵・山田ルイ53世さん
―「保護者として、学校はどんな場所であってほしいか」という質問です(笑)。
ああ、そうでした。父親は「貴族」ですが、娘に特別な教育を施しているわけではありません。
ただ唯一心掛けているのは、「世界は君がしたこと、言ったことには反応するんだよ」と伝えるために、娘の言動には絶対にリアクションするということです。
芸人として、お客さんが無反応という寂しさは身に染みていますから(笑)。
僕は、学校が「できるようになる」というより、「好きになる」場であってほしいです。
そうであれば、娘の成績がよかろうが悪かろうが構いません。
勉強は「できる・できない」という“評価”だけではなくて、「好き・嫌い」ということがより大事だと考えるからです。
僕は子ども時代、格別好きでもないのに「褒められたい」と思うあまり、勉強やスポーツを頑張りました。「パブロフ感」満載。
結局疲れきって、ひきこもりになり「人生が余ったな~……」とむなしくなった。
それは自分を形づくるものが自分の中になく、すべて学校にあったからかなと。
“評価”しかなかった。これは高リスクです。
ですから、教師を志望される読者の皆さんには、子どもの「好き」を引き出してほしいです。
教員養成課程にも「好きをつくる」を入れてほしいくらいです。
娘のことに話を戻せば、奥さんは娘が宿題を放り出そうとすると怒るのですが、僕はそれも不毛だと思っています。
勉強が嫌いになったら意味がありませんから。
「ハードル」をくぐって生きる
―昨年はコロナ禍による学校の臨時休業もありました。
休業で教師という存在について、改めて考えたことはありますか。
休業中は、僕と奥さんが先生役で、時間割をつくって勉強するという学校コントをしました。
そこで感じたのは、先生の役割がとても多いということです。
勉強を教えるだけなく、健康や心の状態の確認から、食事の指導まであります。
しかも、本当の教室では30人以上の子どもがいるわけです。
さらに専門家でもないのに、かつての僕のような不登校の子どもの対応もあります。
僕が気になるのは、学校も含めた世間一般での「美談の常態化」です。
「川で溺れている子犬を助けるのは当然」になってきている気がする。
例えば教師なら人格がすぐれていて当然という「徳」のハードルがあります。
「金八先生」や「GTO」のお陰で、「熱血で当たり前」というハードルもあります。
僕はテレビのコメンテーターとしても言ったことがありますが、先生は勉強を教える以外に何でもかんでもやろうとしなくていいと思います。
世間は「夢を与える」「内面まで成長させる」ような先生をもてはやしますが、そういうアプローチがしんどい子どももいます。
「平熱先生」がいたっていいはずです。ハードルを越えずにくぐることを教えてもいい。
学校は大事だけどすべてではない
山田ルイ53世さんが推薦文を寄せた『ひきこもり国語辞典』(時事通信社・刊)
ー「平熱」の先生に子どもたちは付いてきますか?
僕は付いてくると思います。僕が言うのも何ですが、過剰なキャラ付けは必要ない。
そもそも子どもに「刺さる」言葉なんて、そんなに吐けるものではないですよ。
「何にでもなれる!」と言う先生がいましたが、それが現実ではないことは子ども心に知っていました。
僕も若い頃は「マイク一本で天下とる」と意気込んでいましたが、いつの間にかシルクハットかぶる奇妙な漫才師に(笑)。
「自分をあきらめる」という選択をした結果、それなりに食えるようになりました。
同じように大多数の先生も、人格高潔で子どもを魅了する「スーパーティーチャー」にはなれないでしょう。
読者の皆さんが晴れて教員採用試験に合格したとしても、翌日から急に徳が上がるわけでも熱血漢になれるわけでもありませんよね。 世間一般の教師像と自分にギャップがあっても、苦しむ必要はありません。
漫才師にもいろんなスタイルの芸があるように、先生も多様でいいと思います。
学校は大事ですが、すべてではない。行かなくても貴族くらいにはなれます(笑)。
ですから「先生は聖職だ」とハードル上げる必要はないですよ。 山田ルイ53世
お笑いコンビ・髭男爵のツッコミ担当。兵庫県出身。
地元の有名私立学校・六甲学院中学校に進学するも2年生でひきこもりに。
大検を経て愛媛大学法文学部に入学も中退。
上京し芸人となる。著書に『ひきこもり漂流記』(新潮社)、『一発屋芸人列伝』(角川文庫)、『パパが貴族』(双葉社)など。
*『月刊教員養成セミナー 2021年5月号』より
〔2021年4/9(金) 教員養成セミナー〕 

個人用ツール
名前空間
変種
操作
案内
地域
不登校情報センター
イベント情報
学校・教育団体
相談・支援・公共機関
学校・支援団体の解説
情報・広告の掲載
体験者・当事者
ショップ
タグの索引
仕事ガイド
ページの説明と構造
ツールボックス