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ひきこもり対応への優先順位の低さとセルフネグレクト

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ひきこもり対応への優先順位の低さとセルフネグレクト

自治体の生活困窮者窓口で対応するAさんと話しました。
生活困窮者自立支援法により自治体が正式にひきこもりに対応できる制度的な条件ができたのが2015年4月です。
Aさんの話では、それでもこの窓口における“ひきこもり”の優先順位は低いようです。江戸川区の福祉の方から聞いたところでも相談件数の数%でしたからわかる気がします。しかし、相談件数の少なさだけが理由ではありません。
受け付けた後の対応方法がわからず、多様な状況に対する方法が確立していないからです。せいぜいどうすれば働けるようになるのかを考えるのですが、それが対応方法ならここまで時間は過ぎてこなかったでしょう。居場所が大事ですがその相談窓口に居場所があるわけではなく、どこかを紹介するしかありません。言いかえるとたらいまわしにされるのです。相談しにいく気力が萎えますね。
もう一つは、相談する方の“勢いの弱さ(?)”も予想できます。相談の多くは親ですが、正当性を強く言う手持ちの材料がありません。「私の育て方の問題が…」などの自分では背負えない事情もあります。
私はある新聞記事を出し、こういうのが続出しないと本気で動かないのかなと見せました。
Aさんとの話しの場に、Kさんが参加しました。Kさんは60代後半のお母さんで息子のCさんは40代、定職はなく親が生活を経済的に支える状況です。息子Cさんは広義のひきこもりといっていいでしょう。
その新聞記事は長いのですが、ここに引用します。
<82歳母と52歳娘、孤立の末に 札幌のアパートに2遺体 「8050問題」支援急務
母親と娘とみられる遺体が見つかったアパート居室の玄関には、立ち入り禁止のテープがはられていた=1月、札幌市中央区
いずれも低栄養、低体温症
80代の親と50代の子どもが身を寄せる世帯が社会から孤立してしまう「8050(はちまるごーまる)問題」―。
全国で表面化する中、札幌市内のアパートの一室でも1月、2人暮らしの母親(82)と娘(52)とみられる遺体が見つかった。娘は長年引きこもり状態だったという。
道警は母親が先に亡くなり、一人になった娘は誰にも気付かれずに衰弱死したとみている。専門家は「支援策を整えなければ同様の孤立死が増え続ける」と訴える。
高層マンションの建設ラッシュが続く札幌市中央区の住宅街の一角。
築40年の2階建てアパートの1階の部屋で2人の遺体は見つかった。道警の司法解剖の結果、2人の死因はいずれも低栄養状態による低体温症。母親は昨年12月中旬に、娘は年末にそれぞれ飢えと寒さで死亡したとみられる。
捜査関係者は「2人は都会の片隅で誰にも気付かれずに亡くなった。何とか救う方法はなかったのか」と漏らした。道警によると、1月6日午後、検針に来たガス業者が異変に気付き、別室の住民が室内に入って遺体を発見した。
ストーブには灯油が入っていたが、エラーと表示され停止していた。冷蔵庫は空で、床には菓子の空き袋や調味料が散乱していた。室内には現金9万円が残されていた。
親子は週に1回だけ近所の銭湯に通っていた。銭湯の女性店主(78)は昨年12月26日、アパート近くの自動販売機でスポーツドリンクを買う娘の姿を目撃した。 「ペットボトルを抱えて何度もしゃがみ込み、ふらふらしていた」
女性店主の息子が駆け寄った。一言も話さなかったが、アパートの前まで送った。 「もう少し手を差し伸べていれば…」。息子は今も悔やんでいる。
近所の住民によると、母親は夫と死別後の1990年ごろに娘とアパートに入居した。
当時、収入は年金だけで生活保護や福祉サービスは受けていなかった。
娘は高校卒業後、就職したものの、人間関係に悩んで退職し、引きこもり状態になったという。〔2018/3/5(月)北海道新聞〕>
Kさんは、いいました。こういうのを見ると行き先を想像するので見たくない。テレビなんかはチャンネルを変えるといいます。
この記事をみると亡くなった80代の母と50代の娘は、何かの事件を起こしたわけではありません。誰かが被害者になったわけでもありません。これらは報じられる他の場合でもかなり共通しています。行政側もこれという落ち度は感じないかもしれません。それだけに深刻な背景事情をとらえられないのです。
Kさんは「こうなるのも最悪ではないかもしれません」という意味を口にしました。心の奥にある本音の気がします。Kさんが何を言わんとしたのかおわかりでしょうか。
Kさんの息子Cさんには、「やがて援助はできなくなる」旨を伝えました。息子さんは「わかっている」と答えながらかなり落ち込んでしまうといいます。彼は「そうなったら死ぬしかない」と言ったこともあります。これも本音でしょう。
お母さんが心配するのは事件になるような行動をしてほしくはないことです。それならば事件性のない死亡事件の方がまだましだと言ったのです。これはセルフネグレクトにつながります。
そこで、Aさんと私が勧めたのが福祉窓口に相談に行くことです。お母さんもすでに行きました。以前にCさんは私と一緒に福祉の窓口に向かったのですが、直前でCさんの足が止まりました。
息子Cさん自身まだ決心がつかないことが大きいのですが、それだけではありません。福祉として何ができるのかを期待できないし、むしろ負担を持たされて返されるのではないかと心配があるのです。
働ける自信はまったくないのに「働く方向でのレールがつくられる」相談しに行く意味はないからです。
私なりにはこうすればいいのではないかという方向は考えたつもりです。これだけの経済大国にして、関心をよせる多くの人がいても動きは表面をなぜている程度です。ある社会問題に対して政府関係者が「それで何人死んだんだ」と言っているような国なんですね。「死者が続出しないと本気で取り組もうとしない」社会になっています。愚痴ぽくなりましたので、時間をおいて書き直します。
〔2018年3月16日〕

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