池上正樹さんが二条淳也さんのブログと相談活動を紹介

7月26日、二条淳也さんのブログ「高齢ひきこもり」に断続的に書いている「ひきこもりでも結婚できる」が20回になりました。
ひきこもりに関するテーマを「ダイアモンドオンライン」で継続的に紹介している池上正樹さんが、このブログを取り上げて紹介しました(8月9日)。
「ひきこもりでも結婚できる」記事が20回になった他に、二条さんが女性や家族との対面相談活動を始めたことも紹介しています。
池上さんの紹介記事は「ひきこもり周辺ニュース」内に転載しました。
「ひきこもりでも結婚できる」の記事はなかなか奥が深く読みごたえがあります。
どこかの出版社から話が来ないか期待しています。

http://www.futoko.info/zzmediawiki/ブログ「高齢ひきこもり」

ブログ「高齢ひきこもり」http://www.futoko.info/zzblogd/

庵には「自治体のひきこもり対策の試案」を持参します

これからフューチャーセッション庵に参加します(8月5日)。
予定した「自治体のおけるひきこもり対策の試案」を大幅に書き変えました。
その事情を、試案のまえがきに書きましたので紹介します。
これに参考にしたエンジさんの取り組みを書いたものと合わせて8ページの冊子にし持参します。

〔試案〕ミドルエイジ人材養成センター まえがき
8月1日発行の会報に「江戸川区ひきこもり社会参加企画(松田試案)」を載せました。
自治体でのひきこもり対応にどんな方法があるのか。より効果的な対応策の素案です。
2015年4月に生活困窮者自立支援法が施行されて、公式に基礎自治体(区市町村)がひきこもりにも取り組むようになりました。
それから3年ほどですが、納得できる施策はありません。
それ以前は都道府県と政令市が設置する精神保健福祉センター(その1セクションであるひきこもり支援センター)が管轄していました。
相談が中心で医学・心理的な対応と判断しています。
他方ではひきこもりの家族や当事者を中心に取り組んできた経験の蓄積があります。
その中でもとりわけ優れている方法をもってしても、それが広がらない、効果が十分でない、という印象をうけます。
難しいテーマであり、人や金があれば容易に解決できるテーマではないのです。
しかし、自治体が関与する新たなステージができました。発展させるにはどうしたらいいのか。
来年には全国的な統一地方選挙があります。
そこに向けていろいろな働きかけをするつもりで、何を訴えていくべきかをまとめた試案です。
そんな思いからでしたが、この試案もまだ不十分と思い、就業経験のないDくんに読んでもらい話しを聞かせてもらいました。主な感想は、就職はきついし、区役所が出てくると重くなる。居場所的なソフトな雰囲気にしたいと言いました。
Dくん的には居場所という言葉でもすでに自分の気持ちとは段差を感じる人がいるだろうといいます。
そういう言葉を使わない対応策があるのか? 
頭の中をかき回していると、ふと半年前に相談に行った江戸川区シルバー人材センターが浮かびました。
短時間就労をすすめる準公的機関ともいうべきシルバー人材センターならどうだろうか。
働くとしても就職でなく、区役所ほどの役所感もなく、それなりに安心・安定感がある。
ひきこもりなる言葉もありません。ここはそれを援用してミドルエイジ人材養成センターです。
これまで関わった多くのひきこもり経験者の状態を思い、不登校情報センターが到達した「ひきこもりを仕事につけるリクルート活動」(資料参照)を結び付ける。
その結び付け役がミドルエイジ人材養成センターとすればではどうなるか。
このフレームの中で試案を全部書き直しました。依然として試案です。
全国の自治体を対象にしたいのですが、まずは在住の東京都江戸川区を想定します。
地域の事情はそれぞれで、それらの多くを織り込めませんが、1つの雛形にして、研究会をつくりほかの地域にも広げられれば…。

http://www.futoko.info/zzmediawiki/ひきこもりを仕事につけるリクルート活動

自治体のひきこもり社会参加促進策について

8月5日(偶数月第1日曜日)にフューチャーセッション庵の集会があります。
ある目的をもって参加しようと考えています。
江戸川区を想定して「自治体におけるひきこもりの社会参加促進策(試案)」を作成しました。
庵の参加者にこの案を見てもらい、意見を聞かせてもらうためです。
可能ならば、参加者の居住地で類似の企画をつくる雛形(テンプレート)になればいいと思います。
そう考えたのはある議員と話していて、来年4月の統一地方選挙のときに話題(または政策作成の参考)にしてもらえるかもしれないと考えたからです。
背景には、子どもの虐待が大きな社会問題になり、各方面が本気で取り組み始めた状況を見ているからです。
「8050問題」に象徴されるひきこもりについてもその深刻さや規模においては、真剣に取り組むだけの意義や役割があるでしょう。
庵の参加予定者で関心のある方とは、お話しできればいいのですがどうでしょうか。
庵以外の場でも話のできる機会を持ちたいと思います。

子若法に基づく葛飾区の子どもと若者の生活調査

『葛飾区子ども・若者に関する調査結果報告書』ができました(6月)。
子ども・若者育成支援推進法(いわゆる子若法)を実施する計画策定のためのものです。
昨年全国の自治体で実施された子どもの貧困の実態調査とは異なりますが、内容は重なる部分もあります。
18歳以上の若者が独自の対象に含まれているのが、ほかの自治体調査とは異なります。
調査は2018年2月に行われました。集計は早いと思います。
対象者は未就学児(保護者)1400名に発送して回答は723件、小学2年生(保護者)1400名で回答は727件、小学5年生(本人と保護者)1400名で回答は655件、中学2年生(本人と保護者)1400名で回答は本人644件、保護者655件、高校2年生になる年齢(本人と保護者)1400名で回答は本人423件、保護者461件、若者(18歳以上39歳以下の本人)1500件で回答は457件。
報告書はかつしか子ども・若者応援ネットワークの全体会(7月17日、参加者は10名ほど)の場で簡単な説明を受け、質疑がされました。
この場で194ページの内容を読むことはできませんのでごく概略的な質疑です。
この調査の実施前に要望していた、本人と保護者に分けてアンケートを送るときは可能な範囲で分ける点、所得による回答をできるだけ分けるクロス発表にする点などを確認する意見が出ました。
私は若者が対象になっている点が評価できること、そのうちひきこもり状態の人からの回答が少ない点(それは避けられない)を考えて、計画策定はそこをカバーするものがないと、空振りの計画になる点を注文しました。

年間家計収入を見ると、300万未満、300万~500万円、500万~700万円、700万~900万円、900万円以上、に分けられています。
貧困問題を見る場合には平均所得100万円以下や100~200万円を分けて状態を調査していますが、子若法による調査はこれとは別のものになります。
葛飾区の報告書では18歳以上の若者を除く回答(本人保護・保護者)の内訳は
100万円未満が1.4%~1.7%、100万~200万円が2.4%~4.2%です(8ページ)。
この分布は実態を反映していると思えます。
クロス調査は低収入者の様子を明らかにしながら他との比較対照出来ることを期待したわけです。
300万円以下一律では期待できづらいですね。

18歳以上の若者の調査結果は、回答者の状況が大きく作用します(67ページ)。
正規の会社員等が52.7%、学生10.1%…とあり、働いておらず・求職活動をしていない1.5%、働いていないが、求職活動をしている1.5%です。
ニート、ひきこもりなど大きな課題のある若者の場合はこの働いていない人の様子を明らかにすることから始まります。
この調査結果をもとに計画を作成しても空振りになるのは回答者数の少なさによります。
該当者の実態をあまり反映しないでしょう。
18歳以上の人の状態や要望が115~119ページに紹介されています。
いろいろな相談・訓練などの施設や機会が示されています。
しかし、これらが対人関係つくりの場所とは扱われていません。
当事者による居場所が広がっているなかで、行政として関わることは無理なのか、そういう視点がないためなのか。
この報告書に手掛かりがみつかるのか、詳しく読んでみることにします。

手伝いを頼み動きのなかでわかってもらう

「ほとんどの人が出来ているのにあなたはなぜできないの」と考える家族に、これこれの理由で出来づらいと説明し理解してもらうことは大変です。
自然に完璧を求める性格などと話しても、イメージできないのでしょう。
感覚が鋭いことはひきこもりになりやすい理由の1つですが、これもよく伝わりません。
発達障害の傾向があると話したり、自分の特色を説明して理解してもらおうと努力を続けている人もいます。
けれども上手くいかず「家族が理解しない・家族から理解されない」状況になっています。
私は家族からの相談に対しては、「わからないかもしれないが、わかろうとする気持ちで聞くのが大切です」とよく言います。
たぶん周辺にいる家族にとってはいちばん大事なことだと思います。
しかし、これは家族の側であり、本人の意図的な努力とは別です。
この状態を和らげるには、当事者としても工夫がいります。そのヒントになれば…。

家族に手伝ってもらえそうなことをお願いしてはどうでしょうか。
理解してもらうよりは自分が動きやすくなる条件づくりを助けてもらうのです。
あまりいい例とは言えませんが、こんなことがありました。
時間内に(または同時に)いろいろなことはできないので、何か一つを手伝ってもらいたいと頼みました。
そうしたら「食器洗いならできる」との返事です。
これ自体は本質的なことではありません。
自分の手で丁寧に食器洗いをしたくて時間をとってしまう、だからそれを見守っていてほしい、ということが本音に近いのです。
それでも「頭で理解されるのを待つより、動きを通して少しずつ分かってもらえる」方向に気を移します。
家族が理解するのは理屈からではなく、日常の動きを手伝う過程かもしれません。
動きのなかでどんな困難を抱えているのか少しずつわかるからです。

以上は、前に家族の相談を受けたときのことですが、あまり具体的に書けず、ピントがずれたようです。
参考にならないかな?

高齢親家庭のひきこもりへの訪問方法

高齢のお母さん(Kさんとします)から「息子と二人でそちらに行けないかといつも思っています」という連絡がありました。
私は、電話で「自宅か近くまで私が行きます」と伝えました。
そこでKさんから返ってきたのは、「本人の部屋に入るんですか?」というものでした。
これまでのいくつかの例を思い返してみました。
そのうち電話で答えたのは「本人には私が来て話したいと言っている。しかし、いつ来るのかは伝えなくてもいいでしょう」です。
これは以前のTくんの例によるものです。
訪問活動を始めるとき私なりにある定式をつくっています。
◎引きこもり生活者への訪問活動 http://urx.cloud/KrEB
Tくんの場合もこの定式に沿ったやり方だったのです。
しかし、いつ私が自宅に来るかをお母さんはTくんに伝えていませんでした。
Tくんにとっては私の訪問は突然でしたが、自宅訪問にくるのは事前に了解していたことです。
そこで私は「今日はどうしようか、すぐに帰ってもいいけど…」と持ちかけました。
Tくんは「今度にして」と返してきました。
1週間後から定期的にTくんへの訪問が始まりました。
事実上の1回目の顔合わせのハードルが少し低くなったのではないでしょうか。

さてKさんの問いかけは、自宅にきて本人の部屋に入るのか、それとも別なのか…を確かめる主旨です。
これまでは食卓のある場所が比較的多かったと思います。
ご家庭の様子はさまざまで食事をする部屋が居間になっているところは多いのです。
そのなかで本人の部屋は少なく、Tくんの場合は初めからそうなった例外でした。
Kさんの問いかけにTくんの場合が浮かんだのは、〈本人の部屋〉というところだと思います。
Kさんと息子さんは平穏に生活しています。言い換えますと膠着状態ともいえます。
それだけにこの状態がさらに続きそうです。実はこういう状態のひきこもり家族は少なくないのです。
その状態に一石を投じ波紋を起こそうとするわけです。さてどうなるのか…。
訪問活動の定式変則形が広がるかもしれません。

人の中にいられない人が難しくなる

「中高生の不登校でいちばんの問題はどうなりますか?」との問いに、カウンセラーのMさんが「人の中にいられないことじゃないかな」と即座にこたえました。
うん、これは私も納得できます。
学習塾のZさんを含む3人で、不登校をめぐる最近の状況を話している中でのことです。
よく考えてみるに中学生・高校生の不登校の様子を直接に聞く機会が少なくなっています。
以前に関わっていた人たちは大学生になった、大学で不登校気味だ、社会人になった…ということはよく出てくるのですが、中学生・高校生の現在はあまり聞かなくなりました。
中学生・高校生の不登校の生徒は確かにいるのですが、以前に比べて深刻さが下がっている感じがします。
もちろんこういうことは比較によって深刻さを計るものではありませんが。
不登校の様子を聞いたとしても聞いている私も「何とかなる」という感じが初めからするのです。
相談に来る家族が以前とは違っているのはそこです。
Zさんは、情報としていろんなことがわかるようになったし、社会の対応もできてきているからじゃないか、といいます。
それも確かで、以前はこんなことをしているのは自分だけじゃないか、うちの子だけじゃないか、という気持ちでいたと思います。
それがこの10年、20年のなかで変わってきたのです。
そうすると今の時点で中高生の不登校でいちばんの問題はないか、というのが冒頭の質問です。
不登校というだけではなく「人の中にいられない」状態であることが、将来にわたりマイナス要因として働きそうと思えるのです。
周囲の人の影響を受けやすいにしても、ともかくは同じ場にいられる状態であれば、徐々に力もつくしエネルギーも湧いてきます。
しかし、「人の中にいられない」状態では、そういうものもなかなか出てこないのではないか。
Mさんはそういう面を感じ指摘したのです。
言われてみると納得できます。
情報センターに通所しつづけるうちに(初めのうちは人がいない時間をねらっているように思えても)、対人関係のそれぞれのハードルをわずかずつ超えてきたように思います。
その時間は個人差があるのですが、その人なりのペースで少しずつ対人接触の経験を重ねてきたのです。
そういうのがないと人との接触を避けるひきこもり状態から、ほとんど浮上してこない感じはします。
私とは接点ができても対応として難しくなります。
これまでかかわった数人を思い出しながらこれは1つの判断材料になります。

ひきこもり当事者の表記

どう表記するかに関し考えるものが2つあります。
1つはひきこもり当事者、または当事者。もう1つはひきこもり支援者、または支援者です。
まずはひきこもり当事者について。
先日、1通のはがきを受け取りました。
ひきこもり、またはひきこもり当事者の表記に関する提案と受け取りました。
ひきこもりを経験し、現在は社会に出ている、特に仕事についている、結婚している人は、現在進行形のひきこもりではなく、「_だった」人とすべきではないかという意見です。
そのような人が、同じように現在進行形のひきこもりを称するのは違和感や嫌悪感を持つというのです。
違和感や嫌悪感を持つのは感覚の問題ですから避けられません。
ただ私は、ひきこもりを経験した人がその後も当事者であると感じ、「ひきこもり当事者」と自分を紹介するのは根拠があると考えます。
そういう例は非常に多くありましたし、今もあります。
社会に出ても、就職しても、結婚しても、それぞれの場面で「生きづらさ」を感じています。その程度は人それぞれでしょう。
それらの「生きづらさ」事情はひきこもりになった理由と共通するからです。
ひきこもりの最中では、この事情はとらえがたいでしょうが、「自分の苦しさに比べれば…」と比較する心情から出ていると思えるのです。
自分の状態を受けとめきれない中ではこれは避けきれないと理解しますが。
人の苦しみや困難は、その人に即して「そのもの」を直視していく理解していかないとダメではないでしょうか。
以前はひきこもっていた人が今も「ひきこもり当事者」を自称するのは(時には当人にも言語化できない背景事情もあり)、そのまま受け止めたいと思うのです。

「ひきこもり当事者」に関することが、弁護人の立場で話せるとしたら、「支援者」に関する表記は、被告人の立場で話すことになります。
ページを変えて支援者に関することを続けます。

福祉事務所経由の就労支援プログラムを知る

都内の福祉事務所に行きました。
生活困窮者自立支援法ができてからは、福祉事務所は生活保護の相談とは限らず、前進するかもしれない一方で複雑さを感じています。
訪ねて行ってわかったことが一つ。
この区では自立相談支援事業を始めていて、自立相談支援員がいます。
就業につながる取り組みも行われています。
この日は同行したNくんの状態に沿っていくつかの取り組みを紹介してもらいました。
Nくんの状態は、週5日のフルタイムで働けると想定できません。
その状態からどう進むのかのやりとりしました。
短時間労働、パートタイム、アルバイトあたりから働く機会を持てるように進む条件です。
自立相談支援事業を通すと、就労支援のプログラムに参加できる道もあります。
清掃作業、墓地清掃、農業体験、缶バッチ針付け、調理実習、パソコン教室などのプログラムです。
希望するものに参加できる方法です。
Nくんはコミュニケーションが苦手なので、このプログラムに参加できれば対人関係やコミュニケーションを経験する場になると思いました。

介護施設での面接に同行

小規模グループホーム型の介護施設に行きました。
Rさんが履歴書をもって面接をするので同行したわけです。
Rさんは5月に実習をしてその後を決めることになりました。
私はこのグループホームを実際に見、マネージャーの方からいろいろな様子を聞くことができました。
いくつかの質問にも丁寧に答えていただきました。
他のグループホームでも見学や短期研修やボランティアの形で対応していただける可能性があると確信できたこと、このマネージャーさんと知り合えたことがよかった点です。