所得税法56条の廃止または修正を求められていると知りました。これは「事業から対価を受ける親族がある場合の必要経費の特例」といわれ、条文はこうです。「不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業を営む居住者と生計を一にする配偶者その他の親族がその有する資産を無償で当該事業の用に供している場合には、その対価の授受があったものとしたならば、法第56条の規定により当該居住者の営む当該事業に係る所得の金額の計算上必要経費に算入されることとなる金額を当該居住者の営む当該事業に係る所得の金額の計算上必要経費に算入するものとする」。
法律文になじまない私には難解ですが、平たく言えば「大部分を女性が占める商店や農業などの家族従事者の働き分(金額)を認めない」法律的根拠です。女性の経済的自立を妨げている—従ってこの条文を廃止または修正を求める動きです。
日本国内では、商店事業者などで構成される全国商工団体連合会(とくに婦人部協議会)が廃止を訴えています。2016年国連女性差別撤廃委員会から日本政府に「所得税法が自営業者や農業者の配偶者や家族に対する報酬を事業経費として認めていないため、女性の経済的独立を妨げる影響があることを懸念」し、「家族経営における女性の労働を評価し、女性の経済的エンパワーメントを促すため、所得税法の見直しを検討することを要請」するように勧告されています。
この「 」内の説明は参議院常任委員会調査室で発行する文書内に掲載されている、高木夏子「親族に支払われる対価に関する税法上の取扱い」からの引用です。
私は前に「家業の成立=家事労働を考える前の社会的分業」(2024年1月18日)を書いています。高木論文において「家事労働と家業の区分けができなかった時代から、それが変化してきたこと(経費性を有する対価の支払いか、扶養の立場からの家計的な支出なのかを明確に区分することが困難である)」、税制度において税額を算定する課税単位が、夫婦単位や家族単位から個人単位に移行してきたけれども、第56条をそのまま継続してきたと指摘しています。
現在の所得税法は、1952年の成立でその後改正を重ねてきましたが、この部分の基本は残ってきたのです。家業の一部を担当するといってもそれが家事労働と一致するわけではなく、むしろ一部が重なるのです。基本的には別部分ですが、その区分けが難しいのです。
私がエッセイに書いたのは主に私の経験した瑣末(さまつ)な事柄です。より全体を見るのは、宮本常一『絵巻物に見る日本庶民生活法』(中公新書、1981)がいいでしょう。そう思いつつ、この愛読書を改めてみるに、そもそも家事という項目が見当たりません。それらしい記述を探してひっくり返して見ましたが、ついに見つけ出せませんでした。次の記述を紹介できるのがやっとこのことです。求めるものとの差は大きいと認めざるを得ません。
「私は…民衆の作り出す有形文化を軟質文化と硬質文化に分けている。軟質文化というのはその制作にあたってほとんど刃物を使用せず、手足によって作り出していくものをいう。土・茎皮繊維・竹などを素材として作られるもので、これはだれでも練習すれば作り方を身につけることができる。親から子へ、兄から弟へ、姉から妹へ、友達から友達へと技術を伝えることのできるもので、その制作は主として家族内で行なった。日本の民衆の家庭は軟質文化の工場でもあり、家庭はそういうものを制作することによって成り立っていたともいえる。
これに対して硬質文化は主として刃物を利用して制作するもので、素材としては木材・石・金属などがある。その制作技術は素人でも可能ではあるが、よりよいものを作ろうとすれば玄人の力を要求される。いわゆる職人によって制作されるものであり、このほうは商品として取り扱われる性格を持っている。
もとより、軟質文化の中にも商品化されていったものは少なくなく、日本の文化は自給度の高い軟質文化を中心にして発達してきたことを知る。そしてそれは大正期以前の日本文化を理解する上で重要な鍵になるものであり、西欧の工業文明が浸透するまでの日本文化の特質は、民衆による軟質文化が主体になっていたといっていい」(p.124-125)。
自営業と家事労働の区別、高木論文で正しく表現されている「経費性を有する対価の支払いか、扶養の立場からの家計的な支出なのかを明確に区分する」は難しい面はあります。それを全部「家計的な支出」に区分するのが所得税法56条です。
56条の廃止に根拠はあります。自営業者家族の労働が不当に計算されず、削除されているからです。この部分もGDPにカウントされない生産労働に当たります。