17歳の高校3年生の男子。3年生になった4月から休みがちです。高校入学のあと3度の転校を繰り返し、現在は4校目です。いずれも自宅から離れた寮制度や学生会館を利用する学校です。
父親は小学生のころ、母と離婚しています。
父母の離婚の後、不登校状態をくり返しています。中学生の途中からは大学進学をめざし、不登校は解消しています。
しかし、高校は自宅から離れた寮制の高校を希望し入学しました。
運動能力も高く、中学時代の学業成績はトップクラスです。文武両道の人といえます。
相談の母親は、不登校に関して相当の理解を示し、理路整然とものごとを考えるタイプと見受けしました。
この状況で、母親の希望することは、高校を卒業させ大学に向かわせたい、しかし子どもの状態を認めて行きたい。
学校側は生徒への働きかけをしていますが、本人の動きを待つしかなく留年は難しいといいます。
親は学費と生活費の負担を延長することが困難になっています。
今年度に入って子どもと2度会って話し、近く3度目の話しになる。どういうことを話せばいいのだろうか、というものです。
この母親の話から子どもの状態を思い浮かべてみます。
気質に繊細さと、やさしさを感じます。転校を繰り返したのはそれぞれの学校において、落ち着いていられる安心感をえられなかったと考えられます。
おそらくこれは彼が今後もいろいろな場所で姿を変えながら感じることでしょう。
父母の離婚の影響が、不登校の形で表れたと思います。彼にとっては父も母も非難する対象ではありません。家族という人間関係が崩れていくことが問題でした。
想像を延長すると、母親の雄弁で現実的な正論に父親は対抗できなかったと思います。
子どもも母親の正論にうなずくしかないのです。ですが人間の生活は母親の考えるようなことばかりではないと感じています。それを言葉で表現するのは難しいものです。
日常生活におけるそのような状況は息苦しく、彼が自宅を離れた高校を選んだのはそのような心理的な背景を感じさせます。
私は、かなり難しいケースに思いました。
対応の参考にとして話したことは2点になります。
(1) 子どもを信用し、「あなたのことは信用している」と伝えることです。「信用している」ことの内容は、学校復帰を前提する雰囲気にしないことです。子どもには相応の考える力があります。それによる選択の全体を「信用している」と伝えたいです。失敗やジグザグがあるとしても必要な回り道になります。
(2) 学費と生活費の負担は率直に伝えることです。それは彼がものごとを考えるのに欠かせないことです。学校から留年できないといわれる前に、家庭の事情がそれを許さないという現実は、このようなときの人間の成長には必要な考える材料になると思えるからです。
この場合は高校を卒業するかどうかを超えたもう少し長いスパンでとらえたいです。いまの時期を成長の機会にするにはどうするかを考えたからです。しかし、親としての役割の発揮の仕方は難しい面があり、「また連絡をください」としました。