大阪維新の会は抗議を受け「家庭教育支援条例案」を白紙撤回しました(毎日新聞5月7日)。
発達障害の子どもを持つ「大阪自閉症協会」など13団体の約10名が維新の会市議団を訪問し、「発達障害に対する偏見を増幅しかねない」「条例案を中止していただきたい」と抗議しました。
これに対して、市議団の美延映夫幹事長は「ご心労をおかけした。ぜひ一緒に勉強会をさせていただきたい」と陳謝しました。
条文について幹事長は「ある県で議論された案を参考として議員に配っただけで、我々の案ではない」などと釈明したようです。これは完全撤退ではなく、一時後退と感じられます。
市議団との面会後に記者会見した「全国LD(学習障害)親の会」の内藤孝子理事長は「なぜ議会からこんなものが出てくるのか理解できない」、高槻市障害児者団体連絡協議会の堀切公代事務局次長も「私たちが望んでいるのは障害のある子を支える社会資源やシステムの充実。親を責めたり追い詰める発想はやめてほしい」と訴えました。新聞はこのように報じています。
80年代の不登校の親たちには、不当な対応にこのような共同して抗議する条件はありませんでした。90年代に入り、それまでの個々の抗議に代わり、親と市民団体が事実に基づく提起や抗議により、事態はかなり改善されていきました。不登校に対する国民の理解が徐々に広がり、不適切な対応は少なくなっていきました。今でも、それが皆無ではないとしてもです。
今回の発達障害に関する維新の会の条例案に対しては、極端な内容と家庭への介入的な方法に対する親と市民の抗議行動により、最初の火の手を消すことができました。
しかし油断はできません。炎は見えないようになっても権威的・介入的な手段をしようとする可燃物は着火を待っているかのようです。維新の会は教育問題を手がかりに、市職員・教員につづいて市民への介入的な動きを続けていくように思えます。
今回はまた右翼的な人たちが“教育場面の水脈“でつながっていることも露呈させました。親たちの怒りと市民的な力がそれを露呈させることも証明しました。
これは復古的な潮流、非科学的な潮流、上から市民や家庭への権力的介入をさえぎった大きな成果です。